5.茶髪の友達

どこかで休憩しようと辺りを見回すと端にある飲食スペースに興味をそそれた。



そういえば…

朝からほとんど食べていない…

朝ごはんも緊張のあまり少ししか手を付けらなかった。そのためご令嬢達との挨拶も一通り終わったので緊張が抜けてお腹も空いてきた。



飲食スペースに近づくとさすが王宮と思わせるほどに美味しそうなスイーツが鎮座していた。

お茶会といえど、人と話したり、親交を深めるのが目的のため、実際にお茶を楽しもうという人は少なく、現に私が目にしたスペースも人がほとんど居なかった。


王宮の使用人に取り分けるかと聞かれたが、自分で楽しみたかったので断った。

自分でやるのが気楽だし、食事の作法なども気にせずに済むからだ。


もともと甘いものが好きだった私はスイーツが置いてあるテーブルにまで一直線に進む。

とりあえず目に入ったものを口に入れてみると思わずその美味しさに舌鼓を打つ。


こんなに美味しくてオシャレなスイーツを食べたことない……っ!!


ついつい夢中になって、あれもこれもと口にしてきまう。スイーツを堪能するうちにいつの間にか気持ち悪さも治っていた。



はぁ…幸せだ……

ずっとここにいたい……


あまりの素晴らしさに思わず顔が蕩けてしまう。



次のスイーツを食べようと手を伸ばすと、会場内からの視線が気になった。明らかにこちらを見ている。何人かのご令息がこちらを見ながらコソコソと話している。


何か粗相をしてしまったのだろうか。


誰も見ていないと思って油断した。

これは何か馬鹿にされている……?



はぁ…


せっかく素敵な場所を見つけたのに……



居た堪れなくなり、手を伸ばしたスイーツを諦め、そのスペースから移動した。


あまりこっち見ないで欲しい。



移動した先は会場から少し離れた場所だった。

庭園に続く道である。庭園に負けず劣らず綺麗な花が道の袖に咲いている。


一体何がいけなかったの……

私の知らないルールがあるのかな?

あぁ…


「お嬢さん」


落ち込んでいると不意に後ろから声をかけられた。

今はあまり誰かと話したい気分では無いのにと思いながらも振り返る。


見ると顔が整った茶色い綺麗な髪をした男の子が緑色の瞳でこちらを見ていた。彼も先生から貰ったリストにあった顔だった。現宰相マルグリード公爵家長男アレックス・ペトラ・マルグリード。ちょうど私の3つ歳上である。


「私ですか?」

「そう。お嬢さんだよ。こんにちは。」

「こんにちは。初めまして、ヴァランガ侯爵家長女リリアナと申します。私に何か御用でしょうか?」

「いや、特に用はないけど……強いて言うなら茶会の会場から抜け出してくるご令嬢に興味を持った…かな?」


そう笑って私をじっと見つめてくるので、顔を若干強ばらせ、少し後ろに後ずさりしてしまう。

そんな私にお構い無しに彼は私の手を取った。


「リリアナ嬢……?はっ!君があのリリアナ嬢なんだね!!」

「え……《あの》…リリアナ嬢とは…?」


《あの》とはなんだろう。

今日初めてこういう場所に顔を出したわけであって、《あの》と呼ばれるほどの活躍も失態も侵していないはずだ。


一体何をしたの?

やばい…どうしよう…分からない。


私が覚えてないだけ…??


要因になりそうな出来事を頭の中で必死に探した。


「ふっ」


頭上からクスクスと笑い声がした。


「リリアナ嬢は面白いね。何を考えてるか分からないけど、ひとりで百面相しているよ。」

「へっ……?!」


思わず手を頬に当て顔を隠す。恥ずかしすぎる。

そんな私を見てアレックス様が先程以上に笑いだした。


なっ…私は困ってるのに…!!


そんな彼を見て失礼とは思いつつも睨み返してしまう。それに気づいたのかアレックス様が笑うのをやめてくれた。やめてくれたというより堪えてくれたの方が正しい気がする。

だって、肩が少し揺れてるもん……

アレックス様、笑い堪えきれてないよ…


「はぁー……ごめんごめん。《あの》というのはヴァランガ侯爵から君のことを聞いていたものだからね。」

「父様からですか?」

「あぁ。僕は今、彼の元で剣術を教わってるから。」


国内の貴族の男児は勉強の他に剣術を学ばなければいけない。その先生となったのが父様だったらしい。


「侯爵は表情を崩さないことで有名だけど、リリアナ嬢話をする時はいつも優しい顔をするから、1度どんな子なのか会ってみたいと思ってたんだ。」

「そうだったのですね……」


嬉しくも、どことなくむず痒い。

父様は私のことを誰かに話してくれるんですね…

余計に期待に答えられるように頑張らなくては!!


そんなことを思いながら嬉しさで頬が緩んでしまう。


リリアナ嬢もそんな優しい顔で笑うんだね。

とアレックス様が小さく口にしたことは私には届いていなかった。家族に思われているということが想像していた以上に嬉しくて、浸ってしまっていたのだ。


「リリアナ嬢。僕と友達にならない??」

「え…友達ですか?」


唐突な申し入れに驚いてしまった。


「そう。君と友達になりたいんだ。ヴァランガ卿もきっと驚と思うんだ。なにせ、君と僕が友達なんだから。ね、そう思わない?何より僕が君と仲良くなりたい。」


アレックス様は私に向かって自信満々に片目を瞑り微笑みかけた。その微笑みにつられるように私もクスッと笑ってしまった。


友達…また友達を作れる……


人は裏切ることを知っている。

自分のためにすぐに誰かを犠牲にする。

けれど、もう一度誰かを信じてみたかった。


友達と遊んだり、話したり、その楽しさを知っているから。申し入れを聞いて最初の友達が彼ならばいいなと思ってしまったのだ。


「はい!こちらこそ宜しくお願い致しますわ。」


差し出してくれた、アレックス様の手を握り返さす。


「アレックス。僕の名前。リリアナ嬢のことだから知っていると思ったけど…一応ね。アレクって呼んでよ。」

「はい。アレク様。」

「《様》はいらないよ!」

「ですが……侯爵家と公爵家では身分がちがますから…」

「僕達は友達だから、そういうのはなし!!

アレクって呼び捨てで呼んでよ。それに…こっちの方がお忍びで遊びに行く時とか便利だろ?」

「お忍び…ですか…?」

「そう!こっそりとね!!」

「ふふ。わかりましたわ。アレク。では私もリリと呼んでください。」

「あぁ、宜しくリリ。」


この世界に来てから初めてできた友達という存在に私は高揚感に包まれた。


「そうだ、リリは会場に戻らなくてもいいの?僕はそれでも構わないけど…」


そういえば会場を抜け出してきたのだった。

アレクとのことですっかり忘れていた。

父様と母様はお茶会を楽しんで来なさいと送り出してくれた。先程はスイーツも堪能したし、楽しい時間も過ごせたので戻らなくてもいいかと思ったが、侯爵令嬢として招待を受けている以上勝手に抜け出すわけにはいかない。



「私はそろそろ会場に戻ります。少し休憩をと思っていただけですので……」

「じゃあ僕も行くよ。もう少しリリと話したいしね!!」

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