◆第四編

第一章:戦争の声

第496話 宣戦布告に免疫のない世界です




 その日、王城内は騒然となった。


「東から?」

「魔物の群れにも苦慮しているというに」

「なんだ、アースティア皇国とは、そんな国が東にあったと!?」

「魔物どもの同盟国? ふざけているにも程があるだろう!」


 緊急会議が終わっても、王城のあちらこちらで大臣やら貴族やら、城の兵士さん達やらと、あーだこーだ言い合ってる。


 この巨大な王城を、彼らの喧騒がくまなく包み込んでるみたいに、どこにいっても1日中うるさかった。





「ふう……、ただいま戻りました」

 王城の一角、僕の後宮エリア。


 緊急会議から戻った僕を、アイリーンとレイアがお出迎えしてくれた。


「ぁーう、ぱ……ぱっ、う……うー!」

 本当に微かだけど、僕のことを “ パパ ” と呼び始めた愛娘。

 なるほど、世の中の子煩悩なお父さん達の気持ちが分かる気がする。


「お疲れ様です、旦那さま。……やっぱり、会議は大変だったみたいですね?」

 この後宮エリアにいても、王城各所でわいのわいの言ってる喧騒は聞こえてくるらしい。加えて、メイド達や護衛の兵士さん達の口にも上がるだろうから、嫌でも話が耳に入る。


 既におおよそを察してるといった感じで、アイリーンが僕の側頭部辺りを慰労するように撫でてくれた。



「はい、急な宣戦布告ですからね……会議場は混迷の極みで、兄上様達も場をまとめるだけでも苦心していました」

 会議の混乱、その最大の理由は “ 宣戦布告 ” してきた、という点だ。


 宣戦布告――――――そもそもこの世界にはそんな慣習はない。


 なにせ人間同士の 国 vs 国 で戦争をした歴史がないんだ。

 この “ 宣戦布告 ” という、堂々と “ お前の国に攻め込む、戦争を始める ” と宣言される行為は、この世界の人間の国家には経験がなく、どう対応するのが正解なのか誰も分からないんだ。


 なので冗談なのか本気なのか、本気だとしたらどう対処するべきなのか?

 歴史に前例がない事は、マニュアルがない事と同じであり、頼りにする論調がなく、いかなる応対が正しいのかも分からず、もし対応に誤ったならその責任の所在はどうなるか、などなど―――


「―――ともかく、大臣の方々は慌てふためくばかりで何も有意義な意見を出せませんし、出したら出したで、あーなったらどうするこーなったらどうすると、未知の結果に対する怖ればかりが先行している感じで、有効な対応策が候補すら並ばないままに、会議は終了してしまいました」

 保守保持が強いのは平時においては有効だけど、有事になると時間的余裕がなくなるため、たとえ不安要素がある事だろうとも決断が必要になる。


 短いスパンであらゆる事をどんどん試すような、革新改革へのチャレンジこそ必要だ。腰も足も重い保守保持の思想のままでは、タイムオーバーでジリ貧と滅亡の未来しか待ち受けてはいない。



「んー……相変わらずの役立たずっぷりなんですねー、あの人達は」

 アイリーンが呆れるのも無理はない。

 正直、普段から何の役に立ってるんだか分からないような人達が、声だけで国を動かしてるのが大臣や貴族という連中だ。


 声だけで動かすからこそ本当は、判断力、分析力、決断力、観察力、洞察力、愛国心、忠誠心、知識量、情報力……などなどといった、人間の内面的な精神・意識・知性部分の性能を高く持っていないといけない。


 ところがだいたいの場合、その全部を持ってないような人が国の重役に座ってたりするものだから、ホントやるせない。




「(前世の日本は、議会制民主主義だったわけだけど、アレはアレで、結局のところ国民が “ かしこく ” ないとダメな制度だし)」

 民衆の選挙で政治を担う者を選出するやり方の場合、その民衆がそうした内面的なところで一定以上優れていないといけない。

 でなければ簡単に綺麗な言葉や映像に騙され、良からぬ輩を当選させてしまうからだ。

 一人一人が学生卒業後に思考停止したまま生きていては、民主主義国家は腐っていく。生涯学び続け、自分を更新し続ける意識が絶対的に必要になるんだ。


「(……ま、それは社会主義や共産主義でも、変わらないんだけど。結局悪いこと考えて甘い汁吸おうとする政治家は、どんな制度や仕組みの下でも重役ポストに就こうとすることだけは真剣だから、何主義でもその辺は変わんないし)」


 その制度の良い所を信じて大多数が真っ当に頑張っても、悪徳な者はそれをすり抜けて権力を握るというわけだ。




「無能な方々のことは置いておきまして、アースティア皇国が “ 宣戦布告 ” をした事は間違いのない現実です。問題は―――」


 僕は合図をして王国とその周辺をざっくりと記した地図を、護衛の兵士さんに広げさせる。

 そして地図の中心から東に向かってずーっと差し棒をスライドさせていき、東端国境に達したところで、南へ移動させていく。


「この位置関係です。アースティア皇国はこの東国境の先の真東ではなく、南東だというところに問題があります」

「……2面戦・・・になる、ということですね?」

 さすがアイリーンは、戦い事になると別人のように物分かりがいい。


「はい、アースティア皇国は国家樹立と宣戦布告に加え、魔物達との同盟関係と共闘をも宣戦しました。ですから僕たち王国側は、東と南東の2方向からの攻撃に対応しなくてはいけなくなるんです」

 これまで東の国境に押し寄せる魔物との戦いは、あくまで東の中央域・・・・・に限定されいた。

 なので戦線自体が南北に広く伸びる事もなく、何とか王国の戦力で侵攻を防ぎ続けてきたわけだけど、今度は南東も敵が現れた事になる。


「東の王国軍の戦線を、南に伸ばさせるか、はたまた新たな戦力を編成して向かわせるかで、また会議は紛糾しました。結局はすぐに実行できるとして南に伸ばさせる事にはなりましたが……」

「ゴーフル中将が元気になっちゃいそうですね」

 東の戦線の指揮官、ゴーフル中将。

 少し前に戦力過多として兵力を削がれた。

 だけど今回のこの騒ぎで確実に兵を戻せ、いや前よりも増員させろ、と言ってくるのが目に見えてる。




 この時は、また面倒な騒ぎになるだろうなぁと嫌気を感じていた僕だったけど、待ち受けていた展開は意外なものだった。


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