第495話 古の姫を苦しめるは古風な宣言と宣戦です
王国の東国境、その先。
延々と広がる不毛の大地の、とある地にその城はあった。
「……」
常に厚い雲が空を覆っていて暗いというのに、この日は雷鳴がとどろく悪天候で、城内はさらに薄暗い。
今が昼間だとはとても信じられないほどで、時間の感覚が狂いそうになる。
「
「……はい」
見目麗しい美姫が、執事の恰好をしたいかつい魔物にエスコートされ、待機させられていた部屋を出てゆく。
高くはないとはいえヒールのある靴で歩くのもすっかり慣れたモノだと、彼女は自虐的に心の中でつぶやきながら、赤絨毯の廊下を進んだ。
「……」
無言で、何気なく廊下の外を眺める。
城とは名ばかり―――巨石を組んだ武骨で原始的な古い砦の、冷たい石の窓の外は、王国とはまるで違う景色がどこまでも広がっている。
「……」
この景色も見慣れたものだと、心中で思う。
言葉にして何かを言う気力がない……いや、余計を発言できる権利がないと言うべきだろう。
姫様と呼ばれたとて、ただの魔物達の
男のシンボルがその股から消えてどれだけの時間が流れたのか? ソレが有った時は、どんな感覚だったのかすらもう思い出せない。
心身とも完全なる女と化してしまった、かつてラインという名の男性兵士は、自分の存在がどうであったか分からなくなるほど、今や “ レイン ” へと変貌しきってしまっていた。
・
・
・
「う、うう……」
「あぁあ、うぁ……ぁ……」
「はぁ、はぁ……あぅう……」
城の広場では呻き声が上がっていた。
1つや2つどころではない、数えきれないほどの苦し気な声は、まるで呪詛のよう。
「……むごい……」
思わずそう
広場を一望できるバルコニーに連れて来られた彼女は、片手で口を押えてその光景から目をそらした。
その咄嗟の仕草すら、もう完璧なレイン姫そのものだった。
広場に集まっているのは有象無象の、元人間だったモノ達。
それを鎖につないで管理しているのは、半身半馬のケンタウロスのような魔物達。
1人につき1体が片手に鎖を、もう片手にムチを持って、いかにも奴隷を監督する者のような雰囲気を醸し出している。
そして鎖に繋がれた彼ら―――
ある者は、よくわからないイボイボのある魔物の下半身を融合させられている。
ある者は、大きくのけ反ったまま視界の定まらない狂気の張り付いた表情。
ある者は、両手が明らかに人外になっていて、鋭い爪が全ての指から伸びている。
ある者は、肌の色が青緑に代わり、うつろな眼差しでブツブツと呟き続けている。
ある者は……
「彼らは幸運にも “ あの御方 ” の実験台になった者達です。このたび、栄えある先鋒隊を担うことと相成り、本人たちも大変に喜んでおります」
「……そう、です……か……」
酷い―――その一言すら発することができない。
自身も途方もなく酷い目にあってきたとは思っていたが、彼らに比べればまだマシだったと思わされる。
一抹の安堵、そして直後に自己嫌悪感が激しく沸き立つ。
仲間が、同じ兵士として戦った戦友があんな酷い末路に追いやられて、それと比べて自分はまだマシだったと安心するだなんて。
心が凍り付く。自分自身の愚かさへの戦慄でガクガクと震え、レインは両肩を抱いてその場にしゃがみ込んでしまった。
「大丈夫でございますか、姫様?」
魔物の執事の言葉は、言葉通りの心配ではない。
その含意は “ さぁ立て。お前の仕事をしろ ” という恫喝だ。
「は、はぃ…………―――はぁ、はぁ……う、ぅう……」
ヨロヨロと覚束ない足取り。
バルコニーの手すりに、倒れそうになる身体を支えるように両手で捕まる。
何とか立っているといった状態で、レインは広場を見下ろす位置についた。
「(なんて、なんて恐ろしいことを……私は……しなければ、ならないの……)」
すっかり豊かになった胸の奥で、動悸が激しくなる。
与えられた仕事は至極簡単なこと。ある一言を発するのみだ。
しかし、それはレイン姫―――いや、王国兵士のラインにとって最悪の宣言だった。
「皆、よく聞きなさい。この
そこで一度、彼女は言葉に詰まった。
が、早く言えと言わんばかりに魔物執事の気配が背後に迫って来る。
「―――っ、あ、アースティア皇家の復活をここに示し、それをもってアースティア皇国の樹立を宣言いたしますっ」
広場から上がる歓声。しかしその声は野太く、あげているのはケンタウロス達だけ。
「な、ならびに……っ、はぁはぁ……我が皇国の盟友に協力して、王国への宣戦布告を…………う、うう……宣戦、布告……を……、いたし、ますっ」
城中で魔物達が吼えだす。彼らは戦えればそれでいいのだ。
元王国兵士でありながら最悪の裏切りと、考えもしていなかった狂気の人間同士の戦争を宣言をさせられる―――完全再生されたレイン姫は、ついに耐えきれなくなって、バルコニーの手すりを持ったまま膝からその場へと崩れ落ちた。
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