第464話 勢いを止めるざるをえない戦場です




 そして、ついに僕達はトーア谷へと突入を開始。


 僕はセレナと一緒にこちら側へとやってきた、王都から伴って来た騎兵さんの1人、シュマクス大尉のふところに乗せてもらう形で騎乗しながら、一番前を走っていた。




「大尉、敵影が見えましたら予定通り、速度を落としましょう。左右より突撃騎兵を前へと出し、敵に一当たりしてもらいます」

「ハッ、かしこまりました殿下!」

 うん、やっぱり日頃の訓練は大事だ。ルヴオンスクで編成した地元の人間は有志の自警団が多いから、どうしても精度に差がある。

 彼らは彼らで頑張ってくれているけれど、やはり正規軍でしっかり訓練を積んでいる人は返事一つ取っても頼もしい。



「―――! 大尉っ、予定より早いですが減速! 大尉はそのまま手綱と馬の安定、それと僕の背を受け止めてください!!」

 咄嗟にソレが見えた。


 僕達よりも一瞬、相手の方がこちらを認識するのが早かったらしい。バーサーク・エルフの1体が、華奢で小柄な女の子を大きく振り上げて、こちらに向かって投げようとする構え―――ううん、すでに腕を振り下ろした!


 ブンッ……ビュオオオオオッ!!!



「………あああーーー!??!?!」

 少女が猛烈な勢いでこちらに飛んでくる。

 明らかに近づいてきている僕達の中、この先頭を走ってる騎兵めがけての投擲。

 だけど距離がある。

 いくら物凄いパワーでも、人型のように凹凸ある形状のモノを、空気抵抗を考えないで投げたってこちらに到達する頃にはその勢いは損なわれる。


「(上手くキャッチして―――よし、この位置!)」

 僕は僅かに鞍上あんじょうから半立ちになり、やや上半身を前のめりにさせて両腕を広げた。


 勢いは損なわれていて、かつ小柄な少女とはいっても、最低でも30kg以上はある質量がこの距離が届く速度と勢いで飛んでくるんだ。

 上手く受け止めないとこっちの骨が折れる!



 ボスッ……ン!!


「おっとと……ふう、ナイスキャッチというところですね、お怪我はありませんか?」

 少女の身体を抱き止めると同時に、シュマクス大尉を信じて後ろに身を委ねる。

 大尉は手綱を手放さず、身体で僕達をしっかりと受け止めてくれた。


「殿下、お怪我はありませんか!?」

「はい、大尉も突然のことに対応していただきありがとうございます。それよりも―――」

「はい……、どうやら、思った以上に地獄となっているようですね……」

 投擲が思ったようにいかなかったのが悔しいのか、少女を投げたバーサーク・エルフはしきりに鼻息をつきながらこっちを睨んでくる。

 だけどその向こう側、広がる谷の中の光景は、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


 男達はペイリーフとやらに暴走させられ、1人としてまともなのは残っておらず、女エルフ達は無惨な死体となって転がり、あるいは乱暴され、あるいは穢し尽くされてそこらに転がされている。


 見る限り、暴走状態にあるエルフやこちらの兵士は、完全に自我もない本能と暴虐だけの存在になってしまっている―――ここまでくると、もう魔物と呼称してもいいかもしれないほどの変貌ぶりだ。




「全兵士に通達―――突撃は中断します。まずは彼らの意識をこちらに向け、撃破していきましょう。そのために防衛線を構築します、初動は重装兵と弓兵を中心に展開を!」

「「はっ」」

 左右に追いついてきた近衛の騎兵さん達に命じて戦法を変更。

 持久戦にならざるを得ないかもだけど、さすがにこの状況の中へ騎兵さん達を突っ込ませるのは出来ない。地面に転がっている女エルフの中には、まだ息があると思われる人が見受けられる。


「(元々敵なわけだけど、だからってもろとも蹂躙じゅうりん、なんてしたくないよ……)」

 助ける義理はないけど、さすがに可哀想だ。

 腕の中の少女を受け止めた時点で、彼女達は可能な限り救出できるだけ救出してあげるべきだろう。


「(セレナの方も気になるし、本当はあまり時間はかけたくないけど……仕方ない)」



  ・


  ・


  ・


 ザスッ! ドシュッ!


「はぁはぁ、はぁ、はぁ……く、のっ、バケモンが!!」

 兵は荒い息をつきながら、手にした槍を全力で突き入れる。

 余裕で入る攻撃、ダメージはかさみ、確実にその命を削り取っているはずだ。しかし……


『ゴォオオウウウウッ!!!』


「ちっい、こっちはまた無視か!!」「閣下、お気をつけを!!」

 どんなに他から攻撃を受けようとも、ハルバはまるで意に介さず、唸り声をあげながらセレナに向かい続ける。


「(一度標的に定めた相手に固執する―――集団戦においては願ってもないこと、ですが……)」

 なにせ他には目もくれない。どんなに斬られようが突き刺さろうが殴られようが関係なし。

 それは、標的になっているセレナ自身さえ立ち回りに気を付ければ、攻撃し放題ということ。しかしどれだけダメージを与えても、まるで弱らないとなると話は違ってくる。


「ふー……、ハッ!!!」

 セレナも隙を見つけてはグレイヴを振るい、ハルバにダメージを与える。

 下手に重い一撃を繰り出すとこちらに隙が出来てしまうので、小手先の攻撃しかできないが、それでも何十回と繰り出していれば、並みの魔物が相手ならもう死んでいてもおかしくないだけのダメージを与えている。


 だが、ハルバは止まらない。


『オ゛ォオオオン!!』


 ドガッ! ゴォンッ!!


 セレナが立っていた地面に向かって両腕を振るい、次々と穴をあける。

 そのパワーもまるで弱っていない。


「(っ、なんてタフな―――……いえ、これは……もしや?)」

 そこでセレナはある事に気付いた。


 ハルバの振り下ろした両腕。地面の上からのそりと持ち上がる様子が少し不自然。

 拳の先端に近いほど手の肉が垂れ落ちて、持ち上がるのが一瞬遅れたように見えたのだ。



「(……身体の肉が、粘土のような状態になっている?!)」

 ただ膨れ上がっただけではなく、その身体の構造すら変貌している。

 そうなると、心臓や頭をフッ飛ばしたとしても、死ぬかどうかわからない。


 セレナは軽く冷や汗を流した。



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