第462話 取引現場に矢を穿ちます



 時間は少しさかのぼり……




「つまり、こちらはペイリーフ殿の手当を秘密裏に行い、そちらは密かに力を貸してくれる、と……」

「ええ、そうです。悪い話ではないでしょうハルバ殿?」

 怪我のせいか、ペイリーフはいつもほど余裕を持って話せない。治癒魔法で長期的には治癒させることが出来たとしても、短期的には手当が必須。


 ハルバ=ルトン=ロイオウの部隊が王弟軍の一番北に配置されていたのは、幸いだったと言えるだろう。




「分かりました、願ってもない……エルフ側とは今後も良い関係でありたいですから」

「(なるほど、やはり動員は王国側へのポーズでしたか。利用価値はありそうだ)」

 山岳の居残りエルフ達がトーア谷と王弟軍により全滅したとなると、このままペイリーフ一人が無事に本隊へと帰りつくのは不自然。

 深手を負ったことはある意味、命からがら逃れてきたように装うに丁度いいとも言える。しかし、それにしても傷が深すぎて、まともに行動できない。


 加えて本隊に戻るにしろ、何らかの手土産は持って帰る必要がある。何せ山岳内の旧住処と居残り組は完全に失われる。

 しかもエルフに金品を貢いでいたバン=ユウロスも失った。ペイリーフの計画通りではあるが、その計画通りに事を進める場合、本隊に合流する際にはペイリーフ個人が高く評価されるような功績を示す必要があった。


「(ロイオウ領主はエルフとの交流に前向き……ならば、これを補填とする事ができる。マンコック領とロイオウ領、この2つがあれば、なおこの地域においてエルフの影響力を維持することは可能―――老害どもが悦びそうな話だ、あと一押し何か土産を用意すれば……)」


 ヒュヒュンッ……ザスッ、ザクッ


「うぁあっ!?」「ぐっ……何!?」

 2本の矢が飛来し、ペイリーフに新たな傷をつけ、ハルバの脚にも突き刺さった。



「尻尾を見せましたね、ハルバ=ルトン=ロイオウ。そして……」

 セレナが20名ほどの兵士と一緒に、二人を追い詰める。


「せ、セレナーク妃将!? な、なんで……隊列配置の転換指示に勤しんでいたはずではっ」

「(チッ、コイツ……自分がマークされている事にも気づいていなかったのか。使えないな)」

 ペイリーフは心の中で舌打ちすると、怪我をおして立ち上がった。


「……やれやれ、出来れば事を荒立てたずに済ませたかったのですがね」

「殺気をみなぎらせながら発する言葉ではありませんね―――貴方が谷の仕儀での黒幕とお見受けします」


「! ……なぜそう思われるのです? 谷から死に物狂いで逃れてきただけの、しがないエルフの若者ですよ、私は?」

 通用しないだろうとは思うが、一応とぼけて見せるペイリーフ。

 見抜かれるような判断材料はないはずだ。むしろこれほど深手を負っているのだから、谷での被害者側だと思う方が自然なはず―――目の前の敵が、どうしてそう判断するに至ったのか、純粋に興味があった。


「谷から出て来る暴走した者達は全て男性……女性が一人もいなかった。加えて谷の両端は我が軍が完全に封鎖している。谷から死に物狂いで逃げ出してきたのであれば、どちらかの軍が保護報告していなければおかしい事です。何より―――」

「……何より?」

 セレナが剣をあげ、そして振り下ろしながら発する。


「殿下は暴走を魔法によるものと推察されました。そして今、あなたは密かに魔力を練り上げている、その左腕の怪我を抑えているかのような右手―――輝きが漏れている、隠しきれていませんよ!」

 そう言われてペイリーフはハッとして指摘された箇所を見る。

 しかし、輝きなど漏れてはいなかった。


「!!! しまっ―――」

「全員、かかれ!!」

 ペイリーフがカマかけにかかった瞬間、セレナが発した号令を受けて、兵士達が二人に攻撃を仕掛け出す。


 エルフの顔面が歪み、歯ぎしりの音が鳴るも、攻め寄せる兵士達の声でかき消される。


「(くっ、ぬかった! まさかここまでデキる・・・人間がいるとはっ)」

 辺境の弱小下領とはいえ領主は領主。そんなハルバと二人で話している時点で、ペイリーフは並みのエルフではないと判断される。

 セレナが彼を疑った判断材料はそれだけ―――谷での残酷な仕業の犯人だという疑いからして、カマかけだった。


 だがそんなカマをかけたのは、セレナが軍人として生きて来て磨かれた直感によるもの……ペイリーフの怪しさはここまで対峙してきたエルフ達とは、明らかにモノが違いすぎると、一瞬で判断し、警戒した結果だ。





 要するに、ペイリーフはミスをしたのだ。


 最適解はハルバに接触せずに、あのまま森で息をひそめ、時間がかかろうとも回復をしかと待つことだったのだ。


「(こんな凡ミスをこの私が……しかしっ―――)―――そう簡単には、やられはしませんよっ!」

「へ? ぺ、ペイリーフ殿?? ……お、おご……な、にを……や、め―――おんごぉあああっ!??」

 ペイリーフはよろけながらもハルバの頭を鷲掴み、くだんの強化魔法を施す。

 途端、ハルバの身体はみるみるうちに肥大化し、5m大のいびつなバケモノへと、その姿を変貌させてしまった。



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