第458話 流れる狩人の意志です




 ―― ルヴオンスク、いまだ動く気配なし ――



 その短い一文の書かれた報告を受け取った時、スベニアムは安堵のため息をついた。


「(よしよし、気付かれていない……これなら、これならば行ける! 後は時間をかけ、何食わぬ顔で平然とし、波風を一切立てなければ―――)」

 攫ったエルネールの居場所も、自分の仕業だということも気取られることはない。彼はそう確信し、勝利を信じた。


 もしかすると、この建造中の新しい隠れ家も無駄に終わってしまうかもしれないが、それならそれでよい。

 マンコック家の “ 守護神 ” より、一層の恩恵さえ受けられさえすれば、きっとこの程度の支出は簡単に取り戻し、有り余る繁栄を享受できるに違いない―――スベニアムは、そう信じて止まない。





「すいやせん、スベニアムの旦那。第七区画の壁材が切れてしまいやして、少し遅延が生じていやす。次の建材の搬入はいつになりそうですかね?」

 話しかけてきたのは、マンコック領内に住む建築業者の獣人で、ピベイルという名だったかなどと思い出しながら、スベニアムは手帳を取り出し、確認する。


「……ああ、多少の遅延は問題ないよ。次の建材搬入は一週間ほど後になってしまうから、後回しにしてくれていい」

「へい、わかりやした。では建材が届くまで、第七区画の者を第五区画の建物の方へ割り当て、完成を急がせやす」

「ああ、そうしてくれたまえ。機転が利いて助かるよ」

 受け答えするスベニアムは上機嫌だ。当然、その理由はピベイルが優れた建築家だからではない。


 何か自分が思い描いているコト・・が上手くいっているからだ。ピベイルの瞳の奥がキラリと鋭く輝いた。




  ・

  ・

  ・


「……かの地に雇われている知己に助力を願い、情報の収集と共に隙を作る・・・・手助けをお願いしている」

 狩人のコダが静かに語る言葉には、嘘偽りが含まれているようには聞こえない。だがクララもそんな表面的なところだけで相手を信じるほど、甘くはない。


「なぜ、マンコック家―――いいえ、スベニアムに不利になるような事を、貴方は致しますのかしら?」

 問いかけはシンプルながら、語気には一切の誤魔化しは許さない、本心を話せという圧を含める。

 そんなクララに、コダは微かに瞳を大きく開いて一瞬だけ驚いた様子を見せた。


「……なるほど、さすが王弟殿下の伴侶。この辺りの貴族とは根っこからモノが違う。俺の望みはシンプル、この北方の平穏を取り戻すこと……それも根底から・・・・、だ」

「根底、から?」

 アイリーンがよくわからない言い回しに眉をしかめる。しかしそんな表情や態度とは裏腹に、コダへと突きつける鋭い殺意はまったく変わらない―――隙ありと余計な行動を取った瞬間、彼女の刃は自分の首をはねているだろうと感じさせられる。


「(ウワサにたがわぬ戦士……王族の妻となろうがまるで鈍らぬ強さを持っているということか)」

 コダはゾッとすると一度両肩を軽くすくめてから、慎重に言葉を紡いだ。


「王侯貴族のあんた達なら分かるだろう。……貴族の利益追求、社会の裏での醜い動きの数々……それは、この辺境においても変わらない―――いや、なまじ位が低いがゆえに、お行儀のなってない・・・・・・・・・なんちゃって貴族だからこそ、余計にタチが悪いと言ってもいい」

 コダの言葉を受け、クララは容易に想像がついた。


 この北端3下領を治めていた3家はいずれも貴族とは名ばかりの、その土地のちょっとした名士と言うのが関の山。


 王国全体から見ても “ 貴族 ” と名乗るのもおこがましいほど、土着の豪族程度の存在だ。家が代々の小さな領地を治める代表だったというだけで、クララから見れば庶民と差はあまりない。

 その程度の低さは直接スベニアムと話を交わしたことでよく理解できていた。



「バン=ユウロスが3下領に貢ぎ物を要求し、それぞれが民から徴収し……そういった人々を苦しめる行いは前々からよくあった。その実態は、王弟の前の領主不在の頃が特に酷かった」

 しかも、バン=ユウロスのような類の人間は他にも複数いて、このルクートヴァーリング地方の北方辺境は、そうした古くからの土着の有力者が幅を利かせてきた。


 おかげでこの最果ての辺境ともいうべき地域に住まう民衆は常に、貧困に喘ぎ続けている。


「王弟がルクートヴァーリング地方を領有し、その辺りにもメスを入れ、改革を進めたとて、土地に根を張るそうした輩はしたたかにしぶとく残り、欲を満たし続ける……別に王弟に力がないと言いたいわけじゃない。仮に王様が直に治めていたとしても状況は変わらなかっただろう」

 それは政治権力の限界である。


 どんなに優れた為政者いせいしゃであろうとも、その手や目の及ぶところというのは絶対ではない。


 貴族令嬢として、厳しい教育を受けて育ったからこそ、クララはコダの言わんとしている事はよく理解できた。




「なので、この地の古い権力者、有力者のすべて・・・を潰す―――それこそ俺が望んでいることだ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る