第424話 マンコックの若様は上手く動いてるつもりです




 その日以降、ルヴオンスクの町中は異様な雰囲気に包まれた。


 何せ完全包囲の上、今から他の町や村に移動することもできない住人達は、王国軍がいつ町に攻め寄せるのかの不安から、ストレスを募らせ続ける。


 そして、その矛先は当然……


「バン=ユウロスを出せー!!」

「このクソヤロウが! どう責任取る気だオイ!!」

「テメェ一人が出て行って、殺されてこい!!」

 バン=ユウロス1人に向けられる。





「―――すごく、分かりやすい流れですわよね……。といいますか、準備も何もほとんどなしにいきなり独立宣言とか、素人でももう少しマシじゃありませんこと?」

 クララは心底呆れたようにのたまう。

 仮にバン=ユウロスがしっかりと準備をした上でルヴオンスクの独立を宣言したとしても、セレナの采配が完璧である以上、この包囲網は簡単には崩せない。


 何より兵士の頭数が違う。事前の調査によれば向こうは雇いの私兵が500少々だという。

 もしルヴオンスクの住人を兵士に取り立てたとしても、昨日の今日で戦える力も、命を賭ける忠義もない雑兵にしかならない。


 一方で僕達もこの1万は急遽、領主の名のもとに召集した兵だけど、こちらには大義名分がある。一方的かつ、北端3下領の人々が臨時徴収された元凶がバン=ユウロスなわけだから、寄せ集めとはいえ兵士達は彼に向けて強い敵意と恨みを抱いている。

 もともと強欲で知れた人物だけに、ヘンザック領に限らず周辺の町や村も嫌な目にあってきた事は少なくないだろう。



「(恨みつらみが募ってるところに、絶好の晴らす機会……そりゃやる気に満ちてるよねっていう)」

 だけどここで本気で戦闘になるのは避けたい。


 内部崩壊を待ちたいところだけれど、このまま圧をかけ続けるだけじゃそれも難しいし、バン=ユウロスによる事実上の独裁状態にあったって事を考えると、ルヴオンスクにこれを倒せる有力者が、都合よく他にいるとも思えない。


 だけど今はこれでいい。むしろこの状況そのものが囮にもなってるんだから。


「さて、うまく動いてくれるといいのですが……」






――――――ルクートヴァーリング地方、とある街道上。


「王弟がバン=ユウロスにかかりきりになっている今の内……仕掛けは済ませておきたいところですが、さて……」

 スベニアム=ヌーマ=マンコックは、ルヴオンスクの包囲を見届けた後、マンコック領には帰らず、馬車を南に走らせていた。


「( “ 守護神 ” さまは慎重かつ確実にとは常々おっしゃりますが、そろそろこの件はカタをつけておきたい……)」

 仮に、コロックが死亡したとしても、真っ当な手段でエルネールを入手できる目は少ない。

 理由は、マンコック家と彼女の実家との家格の差だ。


 マンコック家は、地方辺境の下領を治めてはいるが、貴族とは呼べない庶民に毛の生えた程度の家柄でしかない。

 一方で、同じ地方とはいえ確かに貴族位にあるルーツの家柄の令嬢であるエルネールは、マンコック家が望んで得られる相手としては高嶺の華。


「(彼女を所望しているのは “ 守護神 ” さまだが……表向きは、未亡人になった後の彼女を、我が妻にと所望する形で求婚を申し込むことに―――)―――やはり無理、だな……」

 それで得られる目は限りなくゼロに近い。


 だがスベニアムとしてはいい加減、マンコック家の “ 守護神 ” の望みをかなえて、さらなる栄達をもたらして欲しかった。

 決して事を急いているつもりはない。今回だって、来るべき時に向けての準備に出向くだけだ。



「(コロックの死後、どさくさに紛れて彼女をさらう。そのための人員の用意、現地の下見、必要なモノを調達し、それと……)」

 真っ向から獲得に動いたところで得難いのであれば、強引に獲得するより他ない。


「(さらう際に誰にも見られなければ謎の失踪―――からの、死んだ夫を追っての自殺と見せかける工作をする事もできる。それらが上手くいけば、何ら問題なく、エルネールを当家に繋ぎ留め続ける事が出来よう……が)」

 それでもハードルは高い。

 彼女をさらうところを誰かに僅かでも見られたら即座に破綻してしまう計画だ。


「……しかし、やるしかない、か……。王国だけではない、エルフどもにも対抗できうるモノを持つには、“ 守護神 ” さまにお力添えいただく事が不可欠……」

 進む馬車の中、ブツブツと険しい顔で計画を詰めるスベニアム。


 どのような計画を立てたとしても、その準備を仕込むタイミングとしては、名代領主のコロックが病床にあり、領主である王弟殿下がバン=ユウロスを裁かんと対峙している、今が最大のチャンスなのだ。




 今ならば、自分の動きを悟られない―――そう思っていたスベニアムだったが、彼の馬車の後方100mほどの位置を走る別の馬車が、ずっとマークしている事に、まったく気づいていなかった。



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