第415話 エルフの異端者です



――――――とある家屋の中。


「ただいま戻りました、長老」

「ご苦労、ペイリーフ。首尾は?」

「は、ご指示通りにマンコック家を動かし、バン=ユウロスをめるよう手配いたしました。結果待ちにはなりますが、まず間違いなく目論見通りに事は運ぶかと思われます」

 長老衆の一人と、それを守るように囲っているエルフ達。その前へと進み出るペイリーフは特段の礼儀を払う様子を見せなかった。


 そんな彼を無礼だと思ったのか周囲のエルフ達は軽くムッとするが、長老は和やかに笑う。



「上々。これで後始末も綺麗に進められる。王国の人間どもがユウロスに断罪の視線を向けておる間、旧地の抹消と我らの痕跡の完全なる消去を終えられよう」

「人間たちは何一つ、我らについて得られはせず、全てはバン=ユウロスが責め苦を負うというワケですな」

 ペイリーフは防寒用のマントを脱ぎ、軽くふるってこびりついた雪の残りを払った。

 ますます無礼だとばかりに彼を睨みつける者が増えていく。


「相変わらず不遜なヤツよな、ペイリーフ。ワシは構わんが他の者はこころよくは思わん故、態度には気を付けよ?」

「ええ、分かっています。ですが性分でしてね……ただでさえ矮小な人間と会話を交わすなどという我慢を強いられた後なもので、つい」

 過激派の多いエルドリウス一派において、ペイリーフは特に人間を毛嫌いしている者として他のエルフ仲間には認識されている。

 今よりもっと若く、血の気の多い頃には短絡的な虐殺作戦を提案するなど、過激派を自認するエルフ達でさえ思わず引いてしまうような、突出して危ない思想を持つ若者であった。


 その後、エルフの現状と現実を知り、年齢と経験を重ねたことで幾分か丸くはなりはしたが、今でもそのとげとげしい鋭さはちょくちょく垣間見せている。


 ゆえにエルドリウス一派でも息が長く、若者をよく導く事に定評のある長老の一人、ホルトラウスの部下に付けられていた。




「(やれやれ……年老いてなお若者の手綱を取らねばならん役というのは、なかなかに気苦労が多い―――)」

「ところでホルトラウス様。ここでもう一つ策を講じたいと思いますが、いかがでしょう?」

 そう言ってペイリーフは防寒マントを着直すと、改めてホルトラウスに向き直った。


「策? ……あまり動きすぎるのがよろしからぬは重々承知しておるとは思うが……その上で、という事か?」

「ええ、その通りです。このたび我らエルフは新天地を手に入れた……忌々しい魔物の施しという点には残念ながらはらわたが煮えくりかえる想いですが、それゆえにこの策は上手くいけば我らエルフの悲願成就に向けて、大変に有効であるかと……」

 エルフ達がざわつく。


 長寿な彼らをしてエルフ再興はいまだに叶わない夢だ。

 そのために一石投じることができるというのはとても魅力的に感じられる。


「ふむ、その策とやらを聞かせてみよ、ペイリーフ。検討し、良き案であればワシの裁量をもって実行に移すことを許可してもよい」

「ありがとうございます。ですが許可は必要ありません、なぜなら―――」


 ペイリーフは下げていた頭をあげてニッと笑った。


「―――もう、済んでいるからです」


 そう彼が言い結んだ時には、誰一人として言葉を返せる者はいなかった。

 一瞬前まで生きていたはずのエルフ達はホルトラウスも含め、全て完全に息絶えている。後に残るは無惨な死体のみ。



 シュタッ


『終わったゾ。本当にこれデよかっタのか、ペイリーフよ?』

 ペイリーフのすぐ横に立つ怪人―――バモンドウは、彼の選択の結果と覚悟のほどを今一度問うかのように話しかける。

 その手にはエルフの血がたっぷりと付着した、王国兵士が使っている量産品の剣が握られていた。


「はい、もちろん。バモンドウ様のお手をわずらわせてしまい申し訳なく思うくらいです」

 そう言って物言わなくなった長老の頭を蹴飛ばす。そのさまには同志同族に対するわずかばかりの情すらない。


「エルフの再興? クックック……御大層な夢を掲げるのを否定はしないが、そのための覚悟が今のエルフには足りない。コソコソと隠れ、チマチマと動き続け、王国の人間どもと真正面からやり合う覚悟もない老害ども―――ついえると分かり切ってる夢に付き合う気などないのですよ」

『それデ、お前が “ 王 ” にナるとイう野心か』

 ペイリーフはエルフ達の中ではまさしく異端と言えた。

 彼は民族にこだわらない―――栄達を望むのであれば国民は何者でも構わない。


「その通りですよ、バモンドウ様。この俺が王となり新たな勢力を築く! エルフだろうが人間だろうが魔物だろうが……俺に従う者すべてが国民となる、新たな勢力です」

 そのための力を、ペイリーフは最長老であるエルドリウスに先駆けて魔物側に接触し、密かに取引きを重ねてきた。


 当初はエルフ全てを支配するつもりでいたが、それには問題があった。エルフの魔物嫌いは徹底している。次いで人間嫌いもだ。

 しかしエルフ単独ではあまりにも数が少なすぎるという現実を見れば何てことはない。

 人間も魔物も関係なく従えられるモノを従え、勢力を強めれば良いというシンプルな考えに、彼は若い頃に至っていた。



『慎重な者の多いエルフにアってお前のヨウな考え方は珍しイ。“ あの方 ” が一目置クわけダ』

「フフ、バモンドウ様のおかげでもあるのですよ、この考えに至れたのはね。“ あの方 ” があなた達を作った・・・と知った瞬間、同胞らエルフの考えもこだわりも好き嫌いも、何もかもが馬鹿馬鹿しいモノに成り下がった、それだけです」


 それを聞いてバモンドウは思う。ペイリーフはある意味での天才なのだろうと。


 種に生れ、種に縛られない思考と行動が出来る彼は、あるいはエルフという種を今までよりも高いところに押し上げる存在になれたのかもしれない。


 だが天才は狂気の方向を向いていた―――それがエルフという種にとっての不幸だったと言うより他ない。



 バモンドウは、持ち込んだ槍や剣をあちこちに刺してさも王国軍の兵士がホルトラウス達を惨殺したかのように場を繕いながら、異端の同胞者ペイリーフを制御できなかったエルフ達を哀れんだ。




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