第398話 間一髪は作為的でした
――――――王都のファンシア家、別邸。
「うん、手紙は確かに受け取ったよ。内容も把握したから、殿下にはご心配なくって伝えて、ヘカーチェちゃん」
そう言いながらシャーロットは、別の手紙をヘカチェリーナに差し出した。
「? これは?」
「皇太后様から。殿下には必要になるだろうから私から渡しておいてって先日、預かったんだけど……」
シャーロットも怪訝そうな表情を浮かべる。
その理由はいたく簡単だ。何故、皇太后から直接渡すなり送るなりしないのか?
ヘカチェリーナは受け取った封のされた手紙を怪しんで、つい匂いをかいだり振ったりする。
「何考えてるんだかね~……妙な手紙じゃなきゃいいけど」
「正直、本当に何を考えているのか全然わかんない方だよね。……殿下に危害が及ぶような話じゃないか、何度も手紙を開封したくなったよ」
しかしそれは出来ない。
何せ封蝋はこれまた王印だ。宛てられた人間以外が開ければ重罪になる。
「……まー、とにかく
「うん、分かってる。大丈夫!」
そう言って可愛らしく両手を握り、気合を入れるポーズをするシャーロット。
ヘカチェリーナは頼もしいねーと和やかに微笑んだ。
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その頃、ファンシア家の本邸の一室では……
「皇太后様のご下命は以上となります。何か異議はございますか?」
「い、いえ……ですがその……本当にそのような??」
ファンシア家に仕える中でも一番若い使用人のコルフは、戸惑いながらティティスに確認するように問い返した。
「はい。本当です。そのためにファンシア家に仕えるよう、皇太后様は差配なされていたのです。そしてタイミングは今が最適、とのこと―――もちろん人的被害は避けるよう、行動には細心の注意を払ってください。後々の
「か、かしこまりました……何とか頑張ってみます」
どのみち下っ端のコルフに拒否権などない。命じられた以上、遂行するのみだ。
コルフは、元は皇太后が見出した者であった。
最初こそ見習いとして前王や皇太后の元で下働きをしていた。だがある日、皇太后の親戚筋であるファンシア家に奉公に出向くようにと命じられる。
それはちょうど、ファンシア家に養子としてシャーロットが入る時の事だった。
古参のファンシア家使用人たちの輪に加わる事は、なかなか大変で緊張する事ではあったが、緊張の主な原因はそれよりも、奉公を始める際に皇太后より受けた密命によるところが大きかった。
―― 時が来たらファンシア家を更地にしてもらう ――
いつ、そのとんでもない時が来るのか、日頃から戦々恐々としていたコルフ。
その命令がついにやってきた。
その日の夜。
「(なぜそんな事をするのか、って疑問を持つことも許されない……やらなきゃどうなるか……なら、やるしかないじゃないか)」
コルフは、最近建てられたばかりの、シンプルな
手順はシンプル。まずあちこちに仕込んだ発火の仕掛けに火を入れ、火事を起こす。
人の避難を待ってからこの箱型の小屋の地下で、預かった淡く明滅してるヘンな石を中央に置く……それだけ。
「よ、よし……火付けの方は、もう導火線に火を入れてきたからそろそろ……」
時間差で全ての箇所に火が燃え上がるようにするため、積み上げた藁と周囲に広くまいた油へとつながる導火線……
走る火がその燃焼物たちに触れた瞬間、
ボォ! ボボッ! ゴ! ブォオッ!!
ファンシア家敷地内のあちこちで、一斉に勢いのある炎が上がり始めた!
『火事だぁ!!! 火事だぁああ!!』
『奥様を!! お嬢様は私達が!!』
『避難だ! 火を消すのは後にしろ!! まずは旦那様方を安全なところへ!!』
火のまわりが早いことをすぐさま理解した優秀な使用人たちによって、避難は速やかに進む。
建物の影でコルフはその様子を伺いながら、最適なタイミングを待った。
「(えっと……遅すぎてもダメ……なんだよな?? 火の手を見て人が寄って来るから……お嬢様達が避難を完了した辺りで………、よ、よし!)」
ファンシア家本宅の玄関から、老いた旦那様と奥様に続き、寝巻姿のシャーロットが出て来るのが見え、彼は気付かれないよう注意を払いながら、小屋の中へと移動する。
「ふー、はー……シャーロットお嬢様、また一段と美しくなられたよなぁ……」
使用人としてはあるまじき、仕える者に対する
あるいはこの仕事で、ファンシア家にはもう戻れなくなるかもしれない……
小屋の窓から今一度、避難のためにファンシア家敷地内からも遠ざかっていく後ろ姿を目に焼き付けると、コルフは意を決して地下室へと降りて行った。
そして、その1分後
カッ……ズドォオオオオッン!!!
ファンシア家の敷地内は、手入れされた綺麗な庭も、古くも豪華な邸宅も……すべてが跡形もなく吹っ飛んだ。
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