第396話 異なるエルフ達の事情です




――――――王城の宰相妃ハイレーナの部屋。



「そうですか……やはり、殿下は既に察しておられたのですね」

 そう言ってハイレーナさんはお茶の入っているカップから視線を上げ、少し嬉しそうな、だけどちょっとだけ困ったような優しい表情で僕を見た。


「はい。色々と考え、そして現実としてこれまでにあった出来事や事実、情報などを総合的に思い返してみましたところ、確証はないにせよ一番可能性が高いところとして、まず王国東にて魔物達を率いている者の存在……次いで北方はかつて大国であったエルフの生き残りが浮上したんです」




 正直、エルフの残党の可能性はまだ僕の中では五分五分だった。けどハイレーナさんから二人きりでのお茶に招かれ、この話が出た時点で、可能性はぐんっと高まった。


「……エルフの残党という意味では、私もそうなりますね。……かつての私達の祖国フェーレハルテスが滅んだ時、生き残った者の間でも、意見や行動は大きく分かれました」

 容易に想像がつく。僕はコクリと静かに頷き返した。


 一つ目はそのままとどまって、憎き魔物と戦い続けようという者たち。ハイレーナさんはそこまででもないけど、エルフはかたくなな気質の人が多いらしい。

 なので敗北が確定したからといって、尻尾をまいて逃げるなんて! と頑固な一派が出て来ることは必然だったろう。


 二つ目はとにかく生き延び、当面の安全と生活を得る安定派だ。これがハイレーナさん達、王国に亡命することを選んだエルフ達だ。


「(そういえば……ティティスさんもそうなのかな? 結局、母上様との縁がいつからなのかとか、彼女のことは全然知らないんだよね僕)」

 ハイレーナさんに聞いてみたい気もするけど、個人的な事情が含まれているんだったら聞き出すのは野暮だろう。



「―――そして、3つ目は立て直しを図ろうとした者達でした。この王国をはじめ、人間の国を頼るなどプライドが許さない、でも現実として魔物との戦いを続けても滅するだけ……そう考えた彼らは、王国との境にある、北の山岳地内に潜むようになりました」

 洞窟などを掘り、地下に拠点や居住地を築き、地に隠れる生活を余儀なくされた彼らは、王国の裏社会にアプローチして物資をはじめとした様々な利益確保に走った。


 やってきた事はほぼ王国をかじる害虫のような真似だけど、おかげで相応に基盤を築き、勢力を固めているという。


「王国が受けた被害は、さほど大きなものではありませんでしたが、問題はその後でした。魔物と戦い続けていた一派が限界を迎え、彼らに合流してしまったのです」

「!」

 ハイレーナさんが言わんとしていることを、僕はすぐに理解した。



 元々血の気の多い最過激派な者達が、基盤を固めてそれなりに力を蓄えつつある地固め派に合流した―――魔物との戦いを再開できるだけのものを目にして、過激思想を持つ者が、大人しくしているはずもない。


「……地固め派のたくわえてきたモノを原資げんしに、過激な思想が再燃した、ですか」

「そのようです。魔物と戦い続けてきた者達は、経験も実力もありますから、簡単に乗っ取ることができたでしょう」

 とんでもない話だ。


 前世で言えば、戦火に見舞われた人々が頑張って焼けてしまった町を復興したところに軍人が帰ってきて “ これならまだ戦える! この町は我々が支配する! ” って言うようなもの……最悪の展開だ。




「結果としまして今、北の山岳地に居を構えているエルフの残党はエルドリウスという古参のエルフを最長老とし、その下に長老衆をようして支配体制を築いているそうです」

 今までは密かに、兄上様達が対処してきたらしいけど、王都内でその手の者の動きが確認された以上、僕にいつまでも内緒にもしておけない―――というわけで、ハイレーナさんの口から今回、エルフ残党のお話を聞いているわけだけど……


「……もしかしますと、こちらのスパイか何かがあちらに?」

「はい、私の実家……マクスムル家が、残党内にいるエルフの一部と通じています。ですので向こうの現状はある程度、情報として度々入ってきております」

 やっぱり。ハイレーナさんは宰相の兄上様に嫁いでから、ほぼこの王城内で過ごしてるから、単独でそんな最近の情報を得られるわけないもんね。



「僕にエルフ残党の事をナイショにしていたのは、エルフの保護のため・・・・・、知る者を最小限に抑えていたという事情もあるのでしょうね」

「! 殿下……」

 ハイレーナさんが心底驚いて、そして僕を凄い男を見るような少し恍惚とした表情で視線を向けて来る。


 よせやい、照れるじゃあねぇかよ―――なんて台詞が似合う風貌ではないので心の中でだけ発しておくとして……改めて得心いった。


「(なにせ大きくはないにせよ王国に不利益をもたらしてきた残党がいるんだ、エルフ全体を良くないものと見る人はいそうだし、そうなるとハイレーナさんをはじめ、この王国に亡命したエルフ達が人間から迫害されるようになる状況にだってなりかねなかった。何よりハイレーナさんが兄上様に嫁いでいるわけだから、最悪、王家にもダメージが出る)」

 しかも、聞くところによるとフェーレハルテスが健在だった頃、エルフはかなり増長したところがあり、周辺の人間の国に対して傲慢な態度を取っていたらしい。


 それもフェーレハルテスが滅亡する要因の一つになった。嫌われ者へと差し伸べられる手はない。



「……エルフの残党……何とも厄介ですが、それはそれです。ハイレーナさん達はもう僕たちと同じ王国の者ですし、ハイレーナさんは僕の親戚―――お義姉ねえさんですから、そんな野蛮な方々とは違います」

 お話中のハイレーナさんはどこかずっと固い態度だった。

 きっと過激派なエルフの存在で、自分にも嫌悪感を抱かれたりするのが怖かったんだと思う。


 僕が気遣ってそう述べると、一気に破顔はがんするや否や、対面する席に座っていたのにテーブルを飛び越えて抱き着いてきて、メチャクチャ頬ずりされた。




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