第359話 魔物たちも工作活動をします
――――――東の国境先、魔物側のとある砦。
『よろしかっタのデスか? ウェルトローエルの魔物ドモを消し去るなど……それに、” あなた様 ” 直々に出向かわれテは、万が一にも人間側に御姿を見られテいナイとも……』
『―――、……―――』
『ハ……確かに我々デは、完璧に痕跡を残さずとは……デスが』
『―――……、……、……―――』
『申し訳ございまセン。出しゃばり過ぎましタ』
飛んで帰ってきた主を出迎えたのは、バモンドウ達の同僚でもある魔物だった。名をホウランスと言い、この砦の守将を任されている。
『しかし、人間達も驚いているのデは? 忽然と敵対者が消えタトなれば、
ホウランスはやはり並み大抵ではない戦闘力を持ち合わせてはいるものの、どちらかといえば側近としては政務的な方面にて、
それはひとえにその知能が、政略や軍略といった方向に長けているからだ。
『―――、……―――』
『わざト、デございますか……むしろ好都合ト……』
『……―――、……――……、……』
『かしこまりましタ、しかトそのご命令、遂行いタします』
廊下を共に歩みながら、主と二人で話が出来るこの時間がホウランスは何より好きだった。
ただ主を敬愛するというのではなく、主の役に立ち、かつ主の話についていける事がこのうえなく好ましく、誇らしい。
たとえばバモンドウは好敵手を求め、己の力を十全に振るえるか否かという所に自己の存在意義を見出しているタイプだ。
彼ら知能がとても高い魔物達はそれぞれ、そうして己の存在意義を見出しており、ホウランスはそれを、主との会話の時間というところに見出していた。
『―――、……、……――』
『ハッ、お任せくダさい。他ならぬ
主は、見目麗しい容姿の持ち主だ。華奢とすら言えるその体躯は、彼ら強靭なる魔物達からすれば、仕える相手として疑問を抱くような姿だとさえ言える。
しかし同時に、何かただならぬモノを感じる相手でもあった。
それは、力と暴力の秩序に従う傾向にある魔物達ですら、跪いてしまうほど強烈なもの。
ギィイイ……パタン。
砦の一室に入り、扉が閉ざされたのを確認し、ホウランスは頭を上げる。
彼をして、一緒にいる時は緊張せずにはいられず、思わず安堵の息を漏らす。だが、この緊張感がまたいいのだ。
『さテ、“ あの方 ” のご期待に応えねばな』
人型―――が、突如崩れ落ちる。
それは誰かが見ていたらギョッとする光景だろう。
ドロリと崩れ落ち、グチャグチャになって液化していく様子はややグロテスク。
しかしホウランスにとっては、この液化した状態こそが、本来の姿であった。
―――知的粘質液状生命体、俗にスライムと呼ばれる名で知られる魔物。
だがホウランスはバモンドウ達の同僚だけあって、並みのスライムではない。形状のみならず、完全なる擬態が可能なその能力は事実上、いかなる生物にも
例えば人間に擬態した場合、怪我をすれば血が出て、傷が出来る。解剖すれば肉や内臓もちゃんとあり、しかもそれらはただ形だけでなく機能までそれそのものとして活動しているのだ。
しかも彼が擬態できるのはこの世の万物―――つまり全てである。
誰が言ったか、通称 “ 神の粘土 ”
自らの意志で自らの身体であるその粘土をこねくり回し、万物になる事ができるが故に、ホウランスはその万能感を大いに誇りにしていた。
――――――王国東端、国境線のとある部隊。
「お、差し入れかー、上も気が利くな」
『はい、このタびは厭戦気分がまん延しないようにト……これデも飲んで、気を引き締めよトの事デす』
補給要員の兵が、部隊の兵士達に飲み物を注いだ簡素なコップを手渡していく。
長い間、戦場に張り付いている兵士達は楽しみが少なく、戦闘がなければ退屈すらしている。
なので、疑うことなくその “ 差し入れ ” を受けとった。
「ングッングッ、ングッ……かーっ、うめぇ!」
「たまんねぇな。最近は小競り合いもねぇしよぉ」
「まったくだぜ。魔物の方もここんとこ、ぜーんぜん攻めて来る気配がねぇし」
「こっちから攻めるわけでもねぇもんな。なんつーかもどかしいぜ」
ワイワイと日頃の不満や愚痴を肴に、盛り上がる兵士達。
それをニコニコ笑顔でしばし眺めた後―――
『デは、我々は次に配りにいきますのデ、これデ失礼します』
「おーう、ご苦労さーん。ありがとよー」
補給要員の兵達は揃って場を後にした。
・
・
・
『ホウランス様。あっけナいほド、簡単にイきマシたネ』
変装の擬態を解いた部下の魔物が、あまりにも呆気なさすぎだと戸惑いすら見せた。
『我々の変装と潜入の実力は “ あの方 ” のお墨付きダ。むしろ我々を見抜ける者がいるトしタら会っテみタいくらいダよ、フフフ』
ホウランスは我ながら怖ろしいと自嘲する。
『ソれでホウランス様、人間ドモに飲まセたノは一体……?』
『あれは “ あの方 ” が調合しタ薬を混ぜテある酒ダ。目立っタ効果は起こらない……が、ジワジワと蝕んデいくモノ、ダそうダ』
ホウランスは理解していた。
なぜ、一気に人間を滅ぼすように攻めていかないのか? それはバランスの問題なのだと。
いかに魔物達が人間よりも強力で、やろうと思えば簡単に滅ぼせても、その後が問題だ。
魔物は強い。そして多種多様な生物が混在した
人間という共通の敵がいなくなった後、争い合う状況になるは必定……
『( “ あの方 ” がなぜ、自軍の魔物の知能を高めるかのような事をしテいるか? それは、高い知能を持っタ魔物ばかりになれば、魔物同士で争う状況になっタとしテも、暴虐に任せタ野蛮な争いデはなく、秩序を期待デきるからダ)』
事実、人間との戦いにおいては知能の低い―――あるいはまったくない魔物ばかりが前面に押し立てられ、使い潰すかのように長年の戦いは続いている。
主の狙いは、魔物の闊歩する世界になっても、秩序ある世界に導くためだとホウランスは睨んでいる。
そして、そんな主の考えを理解している自分が誇らしい……
気付けば無意識に、思わず配下の魔物達が引くような笑いを漏らしていた。
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