第九章:堕ちたバケモノ

第286話 自信の手綱を引きましょう



 ヴェオスは余裕だった。

 城という拠点があり、魔物という強力な部下を従え、なおかつそれよりもなお強力な魔物たる自分の力がある。


 その自信は、小賢しい知略に頼らずとも全てを粉砕できるという、さらなる自信をヴェオスに持たせていた。





「……だからこそ、アレは油断しきってる……こほっ……人間の慎重さや怯えというものがこれっぽっちもなくなっているからね。でも、裏を返せばそれだけ本当に強いっていうことでもあるんだけど」

 リジュムアータの話を、メイレー侯爵以下各部署の主だった将兵が一同に会して聞いていた。


 もちろん今後を見据えての作戦会議と、全軍での情報共有が目的だけど、同時に手綱を取る意味もあった。


「(敵も敵だけど、味方も味方って感じだよね?)」

「(ええ……、どうも侯爵のお手の方々は、好戦的な思考の方が多いようですし)」

 ヘカチェリーナとクララが、ひそひそ声で話す中、それを裏付けるように一人の男が声をあげた。


「なに、いかほど強かろうと魔物は魔物……我ら、強大な魔物の退治にも慣れておりますゆえ、何も問題はありませんぞ。はっはっは!」

 男の名はポーブルマン。後から合流した増援部隊の指揮をしていた私兵だ。


 他の者よりガタイ一つ抜きんでていて、背というよりは身体全体が大きく、ガッシリとしてる。

 まるでいい形の岩を組みあげて人の形にしたかのような、隆々として硬く鍛え上げられた筋力は、生半可な鎧では内側からその金属の装甲板を破ってしまった事もあるという。


 確実に強者の風格を漂わせている。その自信のほども当然、虚勢じゃなく、確かな経験と戦意に裏打ちされたものだ。



 だけど、だからこそ危うい。


 軍を動かす場合、その指揮官個人の自信が、その采配に影響してしまう。自分が強く、いかな魔物にも遅れは取らないというのは結構なことだが、配下の兵までがそんな強者なワケがない。

 歴史的に見ても、本人はよくても兵を無駄死にさせるような判断を下した例は少なくない。


 なのに何を勘違いするのか、個人の自信だけで軍を運用しようとするバカは、世の中には意外と多い。



「(ね。ああいうのってさ……大人しく言うこと聞くと思う?)」

「(……頭の痛いお話ですけれど、聞きそうにありませんわね。力こそ正義、みたいな風にさえ思っていそうですわ)」

 リジュムアータが言葉を選んで相手を不快にさせないようにしつつも、慎重になるよう釘を刺し続けている。


 しかしクララの言う通り、ポーブルマンは釘を刺されてる自覚は一切なく、リジュムアータが敵が怖いと不安に思っているのだと勘違いしているフシさえある。


「はっはっは、安心なされよ。このポーブルマンが早々に魔物どもを倒してやりますゆえ、はっはっは!」

 実力は確かなのだろう。

 メイレー侯爵も仕方のない奴だと、やや困ったような表情を浮かべながらも、強く出ることはない。

 私兵という雇われ者なのでポーブルマンもいわば一般人だ。身分や立場を考えた場合、侯爵や子爵令嬢のリジュムアータの言葉には素直に即諾臣従そくだくしんじゅうしなければならない。


 だけど、自分の力や実力に自信があり過ぎるせいで、身分の違いにも怖れない―――いや、そもそもそういった事を失念していて、完全に無礼者な態度を取ってしまっている事にさえ、気づいてなさげだった。



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「……やはりポーブルマンには兵を割り当てない方が良い、ですか……」

 リジュムアータのアドバイスは至極当然のものだった。


 本人が自信過剰。そこに配下として多数の兵力を割り当てては、その過剰がなお増長してとんでもない動きをやらかしかねない。


「これは、どちらかといえば兵法の基本……将器と個人の実力はイコールではないですから……ただ、それだと本人が納得しない」

「ええ、その通りです。あの性格ですからね、迂遠な言い回しもくみ取れない奴なので、分かりやすくかつポーブルマン自身が得心ゆく理由がなければ中々……」

 侯爵も、その強さ惜しさに重用しているのだろう。ポーブルマンに将器がないことはよく分かっているようだった。


 今回、増援が合流に遅れたのもポーブルマンのあの性格によるところで、道すがら遭遇した魔物を是が非でも仕留めようとこだわったのだろう、容易に想像できる図だ。


「(アイリーン様がいたら、力比べでもさせて上には上がいるって思い知らせるとかしたら、意気消沈して大人しくなりそー)」

「(それは無理ですわ。殿下の第一妃を相手にして力比べをするという行いは罪深すぎることです)」

 冗談でも刃先を向けたら、それだけで死刑モノ。


 本来、王政社会では王侯貴族というのは絶対的な存在だ。軽く挨拶の言葉を交わすだけでも恐れ多いこと。

 ポーブルマンの態度や言動は、厳しい相手ならば十分にその場で処分されるレベルの無礼にあたる。


 だけどこの国はその辺が多少は緩く寛大だ。ポーブルマンが人材として有用ということも手伝って、多少は大目に見てもらえているとはいえ、今後の戦闘で余計な被害を出される可能性を放置するわけにもいかない。


 そもそもアイリーンは今、引き続き小隊を率いて北方の大外周を中心に、近づいてくる魔物の捜索や対処に当たってる真っ最中で、メイレー侯爵本陣から離れたところにいる。


「(まぁ、リジュムさんであれば上手く処理なさる妙案をお持ちでしょうから、心配の必要はないでしょう)」




 この後、リジュムアータはクララの言う通り、ポーブルマンの扱いを上手くやってみせた。

 まず彼の配下の兵士を1兵残らず取り上げるという大胆な方策を提案。その上で彼に、メイレー侯爵から強化した武器と防具を与え、一言。


「次、敵の首魁が姿を見せた時、真っ先にこれを倒しに向かってもらいたいがゆえ、お前からあえて兵を取り上げ、身軽な状態で準備していてもらう」

 要するに、そこまで実力に自信があるならソロで無双してもらおうという案だ。


 兵士を引き連れず、単独行動というのは戦場にあってはまさしく身軽。

 敵のボスを発見したなら、隙をかいくぐって単身攻勢をかける事もできるだろう。



 

 そして事前の予想通り、ポーブルマンはこれを、自分の強さを侯爵が信頼してくれての大役、と勝手に好意的な形で受け止め、盛り上がり、一切の疑義もなく拝命を受けたのだった。



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