第280話 ラウンド2の時が近づきます




 数日後、メイレー侯爵の手配で大きく迂回し、マックリンガル子爵領へと帰りついた人々は、故郷の家族との再会を喜び合い、また死亡した同郷の兵士の家族と悲しみを分かち合った。

 そして―――


「子爵様がニセモノだった!?」「し、しかも正体は魔物だってぇ!!?」

「そんな、あのお優しい領主さまが……ま、魔物だなんて」

「信じられない、いや……しかし……」

「姉妹お二方と実際にお会いして……何よりウチの人はその目で魔物を見てるって」

「じゃあ、もし騙されたままだったら、いつか俺達も魔物に殺されてた!?」



 マックリンガル子爵領内の人々の間で、一気にヴェオスの正体が広まった。


 しかもご丁寧に、郷里に帰る兵士さん達を見送る場で、リジュムアータの発案により姉妹が1人1人、丁寧に声をかけて送り出すという事までした。


 当然、移動式とはいえベッドから起き上がることもままならない状態、痛々しい姿のリジュムアータを彼らは見ている。



 それだけで十分―――リジュムアータの見解は、まさに大当たりだった。病床にあるボロボロな姿の自分を間近で見せるだけで、偽マックリンガル子爵ことヴェオスの非道のほどは強く印象付けられ、彼らの脳裏に想像させる事ができた。






「本当なら、領内に帰って直接ボク達の姿を見せるのが望ましかったけど……ごほっ、ごほっ……」

「リジュちゃん、無理しないで。大丈夫、きっとみんな分かってくれるよ」

「うん、おねえちゃん……。はぁ、はぁ……とにかくこれで、領内の方はしばらくは大丈夫……だけど、問題はこっちの戦況だよ、殿下」

 そう、ヴェオスと対峙してる僕ら、現地の戦況はまだまだ芳しくない。


 あれから5日、リジュムアータがちょこちょこと出してくれるアドバイスのおかげで、被害こそ抑えて持久戦を展開できてはいるけど、それでもジリジリとこっちの戦力は目減りしていってる。


 僕達がいる後陣に運び込まれる重傷者の数も増えていってるし、メイレー侯爵やその配下の皆さん、そして無事な兵士さんは疲労が蓄積してる。



 ここでも魔物と人間の差が出て来た。



「(体力面の差。魔物は基本、人間よりも遥かに体力がある……1日戦い続ければ、気力と体力をごっそり消耗して、食事や睡眠が必要になる人間と違って、魔物はその気になれば飲まず食わずで睡眠なしでも1ヵ月以上活動し続けていられる……)」

 それはつまり、夜でも遠慮なく攻撃を仕掛けてこれるということだ。


 しかも厄介なことに、こちらは対応する兵力が割とギリギリで、夜襲に備えて兵を2分してのローテーションを組む事が困難な人数になってきてる。


「(このままじゃどこかで決壊した時、一気にやられちゃう)」 

 しかも予定だともう到着しているはずのメイレー侯爵の増援がまだ来てない。


 不幸中の幸いは、ヴェオスが油断してくれていることだろうか。恐らくはこのままジリジリとこちらを削っていけばそのまま勝てると踏んでいるようで、ヴェオス自身は城内に退いてからというもの、姿を見せない。


 リジュムアータ曰く、あの男ヴェオスの性格なら自分の手を汚さずに勝利し、それを高みの見物で眺めて楽しもうとするとのことだから、このままで十分勝てると思ってそうなのは間違いないと思う。



「旦那さま、私がもう一回、行って暴れてきましょうか?」

 そう言ってくれるアイリーンだけど、さすがにそれは厳しい。アイリーンはあくまで王弟妃だ、率先して戦場に出ることはあまりよくない。

 どちらかと言えばアイリーンの存在意義は僕こと、王弟の最強の盾という認識が世間には浸透してる感がある。


「いえ、大人しくしていてくださいね。ヴェオスの考え次第では、魔物が僕達のところへと奇襲や強襲をかけてくる可能性もありますから……アイリーンには僕達を守っていて欲しいんです」

 これは本音だ。

 相手が魔物ってなると、残念だけどメイレー侯爵の兵士さん達じゃ僕達を守るのには限界がある。

 だけど、アイリーンの強さなら1人でも守り切れるだろう。僕達の護衛に割く兵士をなるべく少なくして、攻撃や作戦要員に回す方が軍全体としたら効率的だ。


 もっとも頭一つ飛びぬけてる強さのヴェオスが出て来た場合は、アイリーンにお願いしなくちゃならなくなるかもしれないけど。


  ・


  ・


  ・



 次の日、メイレー侯爵の増援到着が遅れている理由が判明した。


「魔物の群れだと? ……いかほどの数か」

「15弱だそうですが、入り組んだ地形で出くわし、大街道の近くなのでそのままにしておく事も出来ず、これの対処に当たっていたとの事です」

 増援の遅れは、僕達の後方で遭遇した魔物との戦闘が原因。

 だが少し解せない。


「予定より3日遅れ……その15匹ほどは強い個体であったのか?」

 そうそれ。

 メイレー侯爵の話では、増援は1万以上の兵士さんで構成されてるとのこと。


 100や1000の魔物が相手ならともかく、たった15体ほどの敵に数日を費やすのは信じがたい。


「それが、魔物はかなり高速で動き回るタイプだったようで翻弄され、駆逐に手間取ってしまったようです。しかもその際に荷駄隊が被害を受け、一時移動不能に陥りもしたようで……」

「むう、まさかヴェオスの放った別動隊か? 物資供給の阻害が目的―――」

「いえ、そうではないと思いますよ侯爵。……お聞きしますが、その魔物達は言葉をしゃべるなどしていましたか?」

 横から僕が割り込んで問うと、伝令の兵士さんは恐縮して頭を一段深く下げた。



「いえ、そういったことはまったくございませんでした。統率が取れていた様子もなく、ただ本能のままに暴れられ……」

「(やっぱり。たぶんそれは……)」

 シェスクルーナの血に惹かれてる、野生に戻った魔物達だ。


 報告じゃ小粒な魔物ばかりだったみたいだけど、たぶん血に惹かれて少しずつ近づいてきていたんだろう。

 そうなると本命の魔物も近くまで寄ってきてる可能性が高い。




「……。メイレー侯爵、この際物資は多少遅れても構いません。まず速やかに戦力を拡充いたしましょう。既に戦闘開始から数日、ヴェオスがいつ動きを変えてきてもおかしくはありませんし」 

「確かにそうですな。殿下の御言葉を聞いたな? 後方支援の部隊とその護衛の戦力を除いた主力の行軍を早め、速やかにコチラに合流するよう伝えよ。敵の首魁が動き出してからの到着では遅きに過ぎる」

「ははっ、かしこまりました!!」


 遅れはしたけどこれで戦力の補充はかなう。後はその戦力でどこまでヴェオスと魔物の軍勢相手にやり合えるかだ。


「こちらに増援が到着したなら、ヴェオスはいよいよ黙ってはいないでしょう」

「ええ、まさに。すぐさま戦闘を展開する準備を整えておかねばなりませぬな」



 決着はまだ遠い―――レイアは泣いていないだろうか? パパ、頑張るよ。




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