第278話 数字に表れる魔物の強さです




「1万5000のうち、8000……ですか」

 それは子爵軍の兵士さん―――つまり、ヴェオスが徴兵したマックリンガル子爵領の領民達の最終的に生き残った数だ。

 ほぼ半数ちかくが魔物達によって犠牲になった。もっとも最初から城内配置の5000は絶望的だから、魔物達が外へと打って出た後の被害は3000ほど。


 それでも100体そこそこ+ヴェオスで、3000という人間が殺された事実は大きい。




「いくら戦う術に長けていない寄せ集めとはいえ、鎧を着こみ、武器を手にした人間です。我が手勢も奮戦しておりました事を考えましても……」

 単純計算でも、魔物1体につき人間30人以上の強さ、ってことになる。


 しかもこちらが与えたヴェオス率いる魔物達の被害は、城前ではハバーグ隊が20数体ほど、南西から城内に突入したオフェナ隊が30隊弱、そしてアイリーンが後方から突入してから蹴散らした数が60体余り(本人はあんまりちゃんと数えてなかったらしいので、正確なところは不明)と、合わせて100ちょい。


 城内にどれくらいの魔物がいるのかわからないけど、アイリーンが感じた城内の気配のほどでは、まだ300~500はいそうという話だ。




「魔物が人よりも強い存在だというのは理解してはいましたが、改めて具体的な数字込みで見ますと、苦々しいものですね」


 一方でメイレー侯爵の手勢は、最前線を指揮したウヤェー隊がほぼほぼ壊滅。ハバーグ隊は1500から1100まで数が減った上、7割が怪我人らしい。

 そしてオフェナ隊は約300が無事で、負傷者の数は1割弱。だけど隊長のオフェナさんが負傷して帰ったので隊も一度、このメイレー侯爵の本陣に合流してる。


 その侯爵の本陣はというと、残りの戦力は1200少々―――なので全部合わせても2600。負傷していない兵士だけに絞れば、実質1800ほどしかいない。


 互いの被害を比べると、数の上では2400:100少々なので、魔物に対抗する事に慣れてるはずのメイレー侯爵の軍でもってしても、単純計算で24倍も戦闘能力に差があるってことだ。


「(寄せ集めで30倍、熟練兵でも24倍……ヴェオスの手札はかなり限られてきてると思ってたけど、最後まで残す手札に強力なのを温存しとくのは当然っちゃ当然かもだけど、コレは……)」

 仮に敵の残りが600体の魔物だとして、対抗するにはおよそ1万5000は兵力がいる計算だ。


 600体の魔物のすべてがすべて、強力とは限らないけれど、それでもかなり厄介には違いない。



「幸い、アイリーンが後方で少し暴れてくれたおかげで、ヴェオスは慎重になり、全方位を警戒する姿勢を取っていますが、全力でこちらを攻撃してこられたらひとたまりもない戦力差ですね……」


「確かに。そういえば、アイリーン様と言えばオフェナを助けていただいた事は感謝いたしまするが、そのまま敵城内の魔物をより削る事もできたのでは……そうはなされずに引き返されたのは、今となっては、いささか惜しくも思いますな」

 ひとのお嫁さんを戦力扱いするような言い草をするメイレー侯爵に悪気はない。彼は戦い……ことさら人類の敵である魔物との戦闘というこの状況下で、冷静かつ真面目に判断しているだけ。


 それでも言葉を選んで、言い様を途中で修正してるあたり、やっぱり侯爵にしても自分の手勢の被害の大きさと敵へ与えたダメージの小ささに多少のショックを覚えているんだろう。


「いえ、アイリーンがあのまま城の中で暴れ続けるのはむしろ危険だったと思います。ヴェオスが一度退いたのは、こちらの戦力の全貌を見通せていない中で、後方を突かれたと思ったからでしょう。もしアイリーンがそのまま暴れていたら、ヴェオスの耳にも後方を突いた敵の正体が伝わります。そうなったら……」


「なるほど、いくらお強いとはいえ、アイリーン様は1個人。魔物をけしかけて倒さんとするは無論、倒せずともそのまま押しとどめさせておけば、ヴェオスは意に介することなくそのまま我々との戦闘を継続していた……」

 その通りと、僕は頷いた。


 メイレー侯爵も戦闘事には明るい人物ではあるけど、思考の方向性がいささか猪突猛進に寄ってるところがある。

 戦略的なものの見方は出来る人ではあるんだけど、どうしても視点が、敵を直接叩く、叩かれるっていう部分に向きがちだ。


 相手と互角、またはこっちが優位ならそれでも通用するだろうけど、相手の方が強力となればそうはいかない。




「(実際、アイリーンが後方を適度に・・・脅かして退いてくれたのは戦略的に見れば最高だ。ヴェオスからしたら、不明な敵戦力が城の後ろを突いてきたわけだから、正面の僕達は囮でそっちが本命かもと疑い、慌ててもおかしくない」


 だけど暴れてるのがアイリーンだってわかったら別だ。


「(アイリーンの武名は世の中に広く知られてるし、後方の敵がアイリーン1人だけだってわかったら、そこまで慎重になる必要もない……)」

 どんなに上手くいっていても、退き際というのは大事。その退くという行為そのものが、有効に働くことは実は世の中結構多い。

 特に交渉ごとでは、時に相手からより良い条件を引き出す選択肢になったりもする。




「……問題は、敵の残り戦力に対してこちらの被害が大きい、という点ですね」

 兵が足りない。

 救出したマックリンガル子爵軍兵の約8000は、残念ながら組み込む事は出来ない。彼らには郷里に帰り、この一連の真実を子爵領内に広めてもらう生き証人になってもらう必要があるからだ。


 僕達が彼らから得られるのは、強制兵役から解放されてもう不要になる鎧や武器を譲ってもらうくらい。


 軍備品補充という意味では大きいけど、戦力拡充とはいかない。


「殿下、その点に関しましてはさほど心配はいりませぬ。我が領に発生いたしました魔物の群れを数日前、討伐し終えた手勢がこちらに向かっております故、もうしばしの時間にて合流できるはずですので」


「なんと。では兵力はある程度まとまった数を見込めるのですね。……しかし」

「はい、それを込みとしましても、今後の戦い方を考える必要はあるかと」

 リジュムアータ救出が、思いのほか上手くいったのもあって、無意識に気持ちが緩んでいたのかもしれない。

 その後、ヴェオスは簡単に追い詰められるってヘンに思い込んでいたかもしれない。


 だけど相手は10年、20年とマックリンガル子爵と偽り、魔物であることを隠し、中央に存在を悟られることなく裏で様々なことに手を回し、魔物と交流し、自らも魔物と化した敵だ。





「(ここからまた、ゼロからくらいのつもりで考えていかないと……よし)」

 損害報告を受けての協議―――普通ならそこまで時間もかからない事だけど、今回はすごく重い。


 改めて僕は、魔物の軍勢と事を構えているんだっていう意識を持ち直して、対応策を思案した。



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