第257話 城への潜入作戦を開始します
僕達が位置について半日後、ついにその時がやってきた。
「報告いたします、殿下。城の兵達が南方向に配置を寄せ始めました!」
物見の兵士の一人が飛び込んできた。
僕は落ち着かなくちゃと自分に言い聞かせて、一度呼吸を整えてから、報告した兵士さんを見返した。
「来ましたか。メイレー侯爵は、上手く引き付けてくれたようですが……戦闘は?」
「いいえ、起こっている様子はありません。ですが子爵側の兵達は、かなり緊張度を増しているようです」
場合によってはメイレー侯爵の5000を相手に開戦―――内戦という名の、歴史上はじめての 人間 vs 人間 の戦争が勃発しかねない。
普段、軍事に携わっている者は、その剣を向ける対象は賊や魔物相手。だけど今回みたく人間の軍勢同士が、それぞれのトップの命令で殺し合いをするなんて、ほとんどの人が考えすらしないこの世界……
しかもヴェオス率いる相手の軍を構成してる兵士さん達は、民間人からの徴用がほとんどだ。
ただでさえ戦闘には尻込みしちゃう人達だというのに……
「(戦闘が起こらない内に、僕達が上手くやらないと―――)―――アイリーン達に合図を送ってください。こちらも作戦を開始しましょう!」
「「ハハッ!!」」
アイリーンとヘカチェリーナ率いる潜入チームは、既にあの城にほど近いところで隠れて待機してる。
僕達から合図があったら動き出す手はずだ。
「(まず、潜入に成功すること、次に城に詰めてる子爵軍を混乱させること、そしてリジュムアータを救出すること、無事脱出すること……)」
さすがに僕は身分上、潜入についていくわけにはいかない。シェスクルーナも同様だ、万が一にも相手に姿すら見られちゃいけない僕達は、大人しくアイリーン達を待つしかない。
「リジュちゃん……」
本音を言えば、シェスカも救出に行きたかったことだろう。だが自分では何かの役に立つことはできない……妹の身を案じる事しかできない彼女は、ぎゅっと目をつぶって、城に向かって懸命にお祈りしていた。
――――――城の北側すぐ。
「! 来た、合図。んじゃ行こっか、アイリーン様」
「オッケー! やっと出番だねっ」
そう言うや否や、アイリーンは赤いポニーテールをなびかせながら、城壁を登り始めた。
ボコ、ボコ、ボコ
ただ登るだけではない。両手に持った特殊な形状の
それは後続のためのハシゴだった。
「凄い……いくらそれに適した武器を用いているとはいえ……」
「ああ、さすが音に聞こえしアイリーン様だ」
「気を抜くな、気取られないように注意しながら、我々も続くぞ」
メイレー侯爵より派遣された精兵たちは、驚きもそこそこに気を引き締めなおし、アイリーンの開けたその穴に手足をかけて続く。肩にはロープの束をかけていた。
「よっし、こっちはロープが垂れてくるまで周囲を警戒ね」
「「はい、ヘカチェリーナ様」」
ヘカチェリーナと護衛メイド達は下で待機。侯爵の精兵たちが登り切って安全を確認した後、ロープを数本垂れ落としてくるので、それを掴みながら穴ハシゴに足をかけつつ、確実に登る。
・
・
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合図が来てから10分後、アイリーン達は全員、城内への侵入を完了した。
「じゃ、ヘカチェリーナちゃん達は救出ね。私は混乱させに行ってから合流するから、気を付けて」
「配分的には気を付けるのアイリーン様の方って言いたいけど、これでも全然心配にならないってんだから……とりま、そっちも気を付けてねー」
護衛メイド達と精兵らは全員、ヘカチェリーナと。アイリーンは1人で兵士達の混乱工作活動に向かう。
アイリーンの強さは誰もが知っているところだが、それとは別に理由があった。混乱工作を行うにあたって、アイリーンは<アインヘリアル>を使う気でいるからだ。
まだこのスキルはヘカチェリーナ達にも内緒にしている。なのでアイリーンには1人で事に当たる方が都合が良かった。
「さーて……そんじゃ、ちょっとイタズラ頑張っちゃおっか!」
まずアイリーンは、<アインヘリアル・鳥>に ヘクペルシュン草を材料にして作った、“ くしゃみ粉 ” の小袋を加えさせた。
そしてそれの下側に小さな穴を開けて飛ばす。
<アインヘリアル・鳥>は子爵軍の兵士達の上を飛び……
『? ……くしゅんっ!!』
『はっくしゅっ!! なんだ? くしゅっ!』
『急にくしゃみが……へぁっくしゅんっ!!』
微かな量でもすぐに効果が表れ、眼下はくしゃみが止まらない兵だらけになった。
「おー、これは面白いなー。えーと次は……っと……あったあった、よし」
アイリーンのすぐ隣に狼が現れる。<アインヘリアル・狼>は、ブルブルと頭を震わせると、アイリーンに向かって視線を上げた。
「よしよし、じゃあコレをお願いねー。場所は……って、私が動かすんだった、あはは♪」
我ながら本物の狼そっくりに発現させることが出来たせいで、本当の動物の狼と思って接してしまったのを恥ずかしく思いながらも、アイリーンは<アインヘリアル・狼>に別の袋を咥えさせた。
「よーし、それじゃ発進ー」
<アインヘリアル・狼>が走り出す。アイリーンは城内図を確かめながら、鳥と狼を器用に動かし続け、順調に予定をこなしていった。
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