第248話 美丈夫ナイスミドルは熱い男です




 クララの案は、なかなか大胆だった。


「……お久しゅうございます殿下、ご壮健にして御健やかなる御身の―――」

「今は何かと大変な時です。堅い挨拶は抜きといたしましょう、侯爵」

 そう、メイレー侯爵をこちらに呼びつけたんだ。




 フローレン=オリア=メイレー。


 生まれた時、その顔立ちの良さから女児と間違えられかけたほどで、少年期は妹を欲した姉たちに女装着せ替え人形にされたり、青年期はその中性的なイケメンマスクで世の女性達を魅了したという話が有名。現在40歳ながら、その若かりし頃の話も頷けるほど、何とも優れた顔面偏差値をお持ちの男性だ。


 ところがその見た目とは裏腹に、相当に苛烈な男性的思考を芯に持っていて、性根が直情的かつ真っすぐなタイプ。

 何よりも筋を通さない事を嫌い、熱血とも言えるほど情にも厚い。


 何より王室支持派の中でも、特に熱烈に王室を支持してくれている貴族の一人でもある。



 ジュストコールがよく似合う、落ち着いた風貌……だけど対面して座る僕は、ヒシヒシと熱い風のようなものが侯爵の全身から放たれているような気さえした。




「まず、不躾にお呼びだてしてしまい、申し訳ございません。先触れも出さずに直接召喚した無礼を、まずは謝罪させてください」

「頭をお上げください、殿下。王族たる御身が私め如きに頭を下げられるいわれはございませぬ。……私めを急ぎ召喚なされる御理由があられたのでございましょう?」

 さすがだ。いかに王室支持派といえどもそこは相応の身分ある貴族の一人。僕に対して自分こそが頭を下げる立場であると醸しつつも、今回の呼び出したことにはそれなりの理由があるんだろうな、と暗に釘を刺してきた。


 筋の通らないことを嫌う、自分の性格と王室を支持する意志をしっかりと織り交ぜてる。自分を捨てないでいて、それでいて礼儀はしっかりと通す―――こういう人は信用できる。


「はい、今回の一連の “ マックリンガル子爵 ” の件について、です。すでに手紙にて少しばかりの事をお伝えいたしましたが、拝見していただけたでしょうか?」

「はい、もちろんでございます殿下。驚きは致しましたが同時に、あの子爵が突然にトチ狂った・・・・・行動に出た理由として、得心ゆきました」

 うん……僕の前だからか、かなーり頑張ってはいるけど、やっぱり言葉の節々に荒々しさがにじみ出てる。

 内心では相当に “ マックリンガル子爵 ” ヴェオスに対してキてる・・・な、これは。


「あえて手紙で多くを記さず、こうしてお呼び致しましたのは他でもありません。まず詳細をお伝えすると同時に、彼への・・・対処の一助を、メイレー侯爵にも成していただきたいからです」

 こう言えばメイレー侯爵は喜ぶだろう。何せ王室支持派貴族だ、直接こうして王弟殿下から助力要請をされれば、その嬉しさはひとしお。


 実際メイレー侯爵は僕の言葉を聞いて、ソファーの背もたれがなければそのまま後ろへと倒れてしまいそうなほど背筋を伸ばし、おぉっと言わんばかりに気持ちの入った表情を浮かべていた。




「では順番に参りましょう。まずあのマックリンガル子爵を名乗る者が何者か、についてです。……名はヴェオス=ズィフ=マックリンガル。一応はマックリンガル子爵の腹違いの兄、という事になりますが、子爵の父が彼を子として認知していないため、本来はマックリンガルの家名を名乗る事も許されない者です」

「! ……つまりそのヴェオスなる者が、死亡したマックリンガル子爵を名乗り、一連の行動の意味はすなわち、マックリンガル家を乗っ取るため……と?」

 いい読みだ。

 しかしメイレー侯爵の目から見て、ヴェオスの ” 一連の行動 ” とは、マックリンガル子爵の名の下に軍を起こしてからの事だろう。

 なので今回のことはマックリンガル家の御家騒動、というのが今のメイレー侯爵の認識のはずだ。


 しかし、実際にはより深い真実と実態が隠れていることを、彼は知らない。



「ヴェオスが普通の者であったなら、その程度で話は済んだことでしょう。ですが残念なことに、状況はもっと深く、そして危険をはらんでいます。―――ちなみにメイレー侯爵は、マックリンガル子爵のご家族とは会ったことがおありでしょうか?」

 急に話題が変わり、少しばかり戸惑う様子を見せるメイレー侯爵。


 しかしすぐに気を取り直して、僕の質問に何か意図が隠されているのかと貴族ならではの思考を巡らしながら、静かに答えた。


「ええ、かなり昔にではありますが幾度かは。確か子爵には一人の妻と二人の御子がいらっしゃったはずです。しかし、子爵がすでに亡くなっており、まったくの他者がかの家を支配しているとなると……果たして今、ご家族はどうなっているのか……」

 あまり良い事にはなってはいないだろうと、想像しているんだろう。それまでの苛烈なオーラが弱まり、表情が曇る。



「メイレー侯爵、今回の問題はまさにそこが肝になります。……彼女をここへ」

「かしこまりました、殿下」

 控えていたヘカチェリーナが部屋を退室する。


 僕はメイレー侯爵に目線を送った。


「! ……お前達、一度下がりなさい。殿下への手土産に不備がないかを今一度チェックするように」

 侯爵の護衛や側用人たちが一礼して、一斉に退室した。


 こういう時、王侯貴族って便利だ。多くを語らなくてもちょっとした仕草とかに意味を込めれば察してくれるので楽チン。



「……メイレー侯爵。まず一つ、僕から注意をしておきます。これから行われるお話はあの男、ヴェオスの全貌およびマックリンガル子爵家の悲劇と、これまでの全てといっても過言ではないものになります。そして今回の事の発端は、20年近く昔にさかのぼる、闇深いものでもあります」

「! ……そこまで根が深いこと、なのですか」


「はい。そしてこれからするお話は侯爵の性格上、大変に怒りを覚え、すぐにでも軍事行動に移ってしまいかねないほどのもの……ですが、それをしてしまったら、非常にマズイことになります。ゆえに今回、侯爵をこうして直接お呼びした次第です。その事を重々ご理解いただき、かつ覚悟をもって、お聞きいただきたい」

 

 メイレー侯爵がツバを飲んだ音が聞こえた。




 そうこうしている内に、ヘカチェリーナが部屋に戻って来る。その後ろに続いて入室してきたのはシェスクルーナと、武装したアイリーンだった。




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