第239話 未来の義父と未来の息子嫁です





 その日、前王が妻の私邸を訪れた時、出迎えたのは長年連れ添った女性ではなかった。


「おや?」

「よ、ようこそいらっしゃいました、前王陛下」

 顔をヴェールで隠し、その恰好はいかにも皇太后らしい雰囲気のドレスを着せられているが、歓迎の言葉に宿る声には、頑張ってはいるがまだまだ青く若いものを感じる。





 ―――シャーロット=クロエ=ファンシア。前王にとっては息子の嫁になる事が決まっているファンシア家の養子であり、妻が後見になっている令嬢。


 豪奢な応接室で迎えたのは彼女と、昔からの妻の側近であるハーフエルフのティティスのみ。

 その様子を見て前王は察し、両肩を軽くすくめながらやれやれと軽く脱力した。



「そなたも大変じゃな、シャーロット。たびたびアレ・・に代役を頼まれるは、気苦労この上なかろうて」

 前王は楽にしなさいと手のジェスチャーのみで促しながら、ソファーに腰かける。するとそれを受けて、シャーロットも対面のソファーに腰かけ、ティティスはその横に控えた。


「ふむ、よく学んでおる、感心感心。もはやそこらの令嬢よりも礼儀作法は上というても良い……義父となる者としては頼もしい限りじゃよ」

「! お、お褒めいただきまして光栄です、陛下」

 すると前王はチッチッチッと人差し指を立て、左右に振った。


「そこはもっと堂々として良いぞ。相手が何者であったとしても、胸を張り、臆さぬ心持ちで毅然としておればよい。最低限の礼を失さぬ限りは、多少傲慢とも思えるくらいの態度で望めば、丁度よくなるものよ」

 そういってお茶目にウィンクして見せる。


 シャーロットは緊張をほぐされ、一度目をパチクリさせてから思わず少し笑ってしまった。





「それにしてもあやつめ……またぞろ “ 忌み十刻 ” とやらか。それは別に構わぬが、息子の未来の嫁を代役に便利使いするのは感心せぬのう」

 忌み十刻いみどき―――皇太后自身の言葉の通りならば、彼女の家に代々伝わっている、いわゆる邪気や穢れといったものを他に移さぬよう、およそ1週間~10日間ほど部屋に篭り、他者との交流を断つという習慣だ。


 しかし前王は、それは皇太后の作り話だと見抜いている。


 なぜなら彼女の言う忌み十刻いみどきには時期や期間、前兆候などもなくいきなりだったりと、まったくパターン化されておらず、明らかに皇太后自身の気まぐれ感が強い行事だからだ。


「(……まぁ、藪をつつく事はせぬ方が良かろうがな)」

 皇太后が稀代の傑物である事は、夫である彼が一番よく知っている。彼女のやる事に下手に触れることは、何か良くない事になりそうな気がして結婚した当初からノータッチを貫いてきた。



「皇太后様には何かとお世話になっていますし、私にも出来ることでしたら……」

 その言葉を聞いて、前王は軽く目頭が熱くなった。歳をとると涙もろくなっていけない。


「うむうむ、良い娘じゃて。じゃが無理を言われたならばキチンと断るんじゃぞ? なんでもハイハイと引き受けるいわれはない……何ならワシに相談しに来なさい。息子の有望なる嫁じゃ、いつでも力になるでな」

「……っ、は、はぃ……あ、ありがとうございます……」

 有望な嫁と言われて赤くなるシャーロット。こういう時、顔を隠すヴェールというのは便利だと思う彼女だが軽く下に俯いてしまい、見てる側からすればその動きで照れているのが丸わかりだった。




「(初々しいことじゃな。孫が増えるのが今から楽しみなことじゃて――)――っと忘れるところだったわい。用事を済まさねば」

 ほっこりしている場合じゃないと、前王は軽く座り姿勢を正すと、ふところから一枚の紙を取り出し、机の上へと置いた。


「それは、ワシの方で抑えた者のリストじゃ。あやつ・・・に見せれば色々とすぐに察するじゃろう。ティティスよ、渡しておいてくれ」

「かしこまりました、陛下」

 皇太后の代役といってもこういった政治に関する能力はない。シャーロットはそう思われているのだろう。


 彼女はテーブルの上の紙を受け取ると、それをティティスに渡す前に口を開いた。


「あの、……こちらは私が目を通しても問題ないモノでしょうか?」

「む? まぁ問題はないが……見ても面白いものではないと思うぞ?」

「でしたら、少し見せていただいても……?」

 前王は意外だと少し驚く。


 同時に自分が、心のどこかで彼女を単なる皇太后の代役で、人形も同然の存在と決めつけていたような気がして、少し恥じた。


「ああ、構わぬよ」

「拝見いたします」

 折りたたまれていたそれを、流麗な動作でもって広げるシャーロット。そのちょっとした動作にも品格がよく宿っており、前王はそれだけで彼女を十分に評価していた。


 だが……だからこそ、驚かされることとなる。




「……。……こちらのエルテ第二位爵様の弟筋の御親戚、ヤイエル第三位爵様はまだ抑えられていなかったと思われます。確か皇太后様もまだ目を離せないとおっしゃっていた方でしたよね、ティティス様?」

「ティティスでございます、皇太后様・・・・

「っ……え、えと……ティ、ティティス」

「はい、左様でございます」

 ティティスはヘンなところで完璧主義者だ。シャーロットが皇太后の代役である以上、客前では自分のことを呼び捨てにすることを、むしろ求める。


「ん、んっ。こほんっ……ええと、それでこちらのポルテイウス男爵様がワルトワイルス子爵様と繋がっていて、両方ともアポレジェン第一位爵様の下部組織に接触を受け―――」

皇太后様・・・・、下位の者に敬称略は不要でございます」

「あうっ……んと、アポレジェン第一位爵……」

「アポレジェン一位爵、くらいでよろしいかと。むしろアポレジェンだけでも良いくらいです、皇太后様・・・・

「ぅ~~~―――っっ」

 シャーロットとティティスのやり取りは見ていて面白いものであるが、それ以上に前王はいたく感心していた。



 聞けば元は平民だった娘。だがファンシア家の養子となり貴族教養を施され、生粋の貴族令嬢も舌を巻くほど、礼儀作法においては完成されているというのは前々から知ってはいた。

 それだけでも十分過ぎる。本人の努力と息子への愛は、親としても前世代の王としても素晴らしい評価を与えられる子だ。


 ところがその域に留まらない。いかなる貴族諸侯の嫁に出されても十分にやっていけるだけの器から、なお政治的な側面や貴族諸侯の関係性……それも裏側までも理解及んでいるというのは、王族の後宮を温めるべき女性としては最強だ。


 なぜなら、夫の政治や人間関係の愚痴を聞いて理解し、話が出来るというのは、閨を共にする上では最高に癒しとなる。


 仕事で戦う夫の、その仕事を理解して話が出来るほどの妻―――それはかつて自分にも覚えがあった。



 前王はシャーロットを、息子の嫁として非常に有望な娘であると、評価と認識を改めた。




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