第236話 大物は叩き場の外で平常運転です




 バンッ!!


 その男は粗末な机を思いっきり叩いて立ち上がった。


 土がむき出しの壁。明かり一つもない暗い室内。開閉ギミックのない、板をハメ込むだけの原始的な窓。

 まるでモグラにでもなった気分だと常々文句を言い続けながら隠れ潜むハメになっているというのに、なお状況は悪化するばかりでイラ立つ。




「バカな……なぜ、なぜだ? 王城は魔物に襲撃を受け、千載一遇の好機と言っていたはずが、なぜ! いつの間にこんな事になった!??」

 自分にそう言われてもと、報告にきた下っ端は困った様子で膝を突き、頭を下げている。


 報告が確かなら、自分と同じく行動に打って出た他貴族達は、続々と抑えられてしまって、もうほとんど残っていない状態……つまりはほぼ壊滅だ。



 彼――――――レベクドス=オ=パーテナン男爵は危機感と不安感と状況不明な現状にいきどおっていた。


「(ほんの少し前までは、同じく好機とみて動きだした者同士、争うようにすらあった状況が……ライバルが減るどころではないっ、急激にこうも潰され――)――いかんっ、我々もここを引き払うぞ! すぐにだ!!」

 うかうかしてる場合じゃない、潰れた連中の仲間入りだけは避けねばならない。


 泥臭いボロ小屋に潜むのも限界だが、このままではそれすらままならなくなる。手が伸びて来る前にどこかへと逃げなければ。


「! だ、旦那様! 大変でございます、ま、周りにもう……」

 貧相な召使いのあげた声と態度で理解できる。レベクドスはみるみる顔面蒼白になり、恐る恐る扉の隙間から外を伺った。


 隠れ家の外にはギッチリと、壁の如く居並んだ兵士達がボロ小屋を取り囲んでいた。





  ・

  ・

  ・


「む? レベクドスを抑えられなんだ……と?」


「ハッ、申し訳ございません。アジトを取り囲んで踏み込みましたところ、中はもぬけの殻。下水路へと続く隠し通路を発見し、追いかけましたが……」

「ふむ、仕方あるまい。引き続き行方を追うにしてもじゃ、本人はもちろんのこと、それよりも先にレベクドスの屋敷、および関係者の方もしかと抑えておくようにな」


「かしこまりましてございます」

 鎧を着こんだ兵士の報告を聞いて前王はふぅと一息ついた。



「……予想の範囲内ではあるが、やはり意地汚い者ほどあがきよる」

 テーブルの上に広げた王都の地図。そこに置かれた、今回の件で抑えるべき貴族達の屋敷や隠れ家などの位置を示したコマの1つを掴んで立てる。


「(城の息子たちはほぼ立て直し終えたと言ってよい。もう付け入る隙もあるまいが……)」

 今回の騒動で迂闊にも動いた反王室派貴族らに大物の気配はない。

 真にしたたかなる者は流れてきた状況には乗らないものだ。彼らが動く時はみずから状況を作る・・・・・


 自分が関与していない事態やハプニングに乗じることは決してない。自らの手で状況を制御できなければ非常に危ういことをよく知っているからだ。




「とはいえ、いくら大物と言っても手足として、木っ端な小物の同志は必要不可欠のはず……今回の削りは反王室派全体に響く。しかし問題は、そのことを 上手く利用されてしまわぬかじゃな」

 今度の件で抑えた貴族達は、よくて領地と地位の全剥奪、悪くて極刑の死罪だ。


 だがそうすると、彼らが所持・所有していた財産や領地の行方が大きなポイントになってくる。仮に反王室派のしたたかな大物貴族達が狙う獲物があるとすればそこだろう。


「(迂闊なコマはいらぬ……むしろここでワシらにふるい・・・にかけさせ、あえて潰させ、宙に浮かんだ利権・土地・財産を吸収する、といったところだろうが……分かっておるであろうな、息子達よ?)」

 引退した身ゆえ政治の実権はない。その辺りの処理については息子現王の手腕を信じるしかないが、やはりそこは親にして先に王だった者である。


 どうしても心配で、念のため一手打つことにした。







――――――王都、ベーラン男爵の屋敷。


「ほお、前王陛下の……それで?」

「緩慢ながらこちらにプレッシャーをかけつつ、同時に動きを誘うような隙も見受けられます」

 数時間前から屋敷の周囲にたむろする100近い兵士が、前王の手の者という報告を聞いたベーランは、酒の入ったグラスをまわしながら愉快げに笑った。

 

「……ククッ、ご苦労なことだ」

「いかがいたしましょう、追い払いますか?」


「捨ておけ捨ておけ。その兵どもは牽制―――さしずめ “ 動く気があるなら動くがいい、その場合は容赦しない ” といったところだろう。愚かな粗忽者どものついでに、大きな獲物を釣る気なのだ。……いや釣れるならば上々、釣れぬまでも余計をさせない、というところかな。おそらくは他の有力な貴族家れんちゅうの屋敷周りも似たような事になっているはずだ」

 余裕綽々で酒をあおる男爵に、側近は少しばかりヤキモキする。


「ベーラン様、どうしてそのように余裕でいられるのでしょうか?」

 兵士達のプレッシャーは単なる人のそれではない。常に一定の殺気や闘志といったものを伴いながら、こちらに注意を向け続けている。

 繊細な者からしたら不快に思う状況だ。しかしベーランはまるでいつもと変わらない。


「面白いからだ。こちらは元より、此度の王都の動乱……何もする気はない。動くもなにも、考えすらしておらんというのに、わざわざ兵を手配し、見張らせるなど、滑稽というもの……どうだ、そう考えたならば面白いだろう? ハッハッハ」

 一つ高笑いした後に、ベーランは手元のベルを鳴らした。


 ガチャ


「お、お呼びでしょうか、ベーランさま」

 豪華なドレスを纏う令嬢が入室する。だがその態度は怯えを含んでいた。


「ふむ、なかなか板についてきた、悪くはない。貴族家の3女4女辺りの品格くらいはある……よく学んでいるな。褒めて遣わすぞ」

「きょ、恐縮ですベーランさま」

 するとベーランは急に押し黙る。グラスをテーブルの上に置いたきり、黙していた。


 だが数秒後―――……


 ガシャアンッ!!


「ひっ!?」

「愚か者。なぜグラスに酒を注がない? ……どうやらまだまだ観察と気配りが足りんようだな、お前は・・・

「お、お許しを、お許しください、おゆる―――んぐ!?」

 ベーランはボトルの酒を少女の口へと無理矢理押し込んだ。


「この酒は1杯でお前と同じ・・・・・価値がある。その意味は、わかるな?」

「―――!!! ふぐ、んぐ……ぅう!」

 少女は涙を流しながらボトルから落ちて来る酒を飲む。1滴でもこぼそうものならどんな叱責を受けるかわからないゆえ、必死だ。



「よし。えらいぞ、よく全て飲み干した……チャンスをやろう。そこの花瓶を運べ。今、お前が飲んだ酒とは比べ物にならないほど価値ある品だ……落として割ろうものならどうなるかは分かっているな?」

「!! ……は、はひ……べーらんさまっ」

 見るに堪えないが、目を逸らすわけにもいかず、側近の男は懸命に顔を平坦に取り繕う。


「(酷い仕打ちだ。そもそも男爵は、高級な酒や花瓶などどうでも良い御方……酒がまわればあの少女は酩酊し、まともに歩くこともできなくなる。確実な失敗それを見越した上で、楽しでおられるのだ)」

 この屋敷にメイドはいない。すべての使用人は、ベーランがどこからか連れて来て、自分の養子にした子供達ばかり。


 彼女らはおおやけにはベーラン男爵の子という事になるが、その使命は貴族令嬢たる淑女教育をモノにし、他貴族とのコネ作りのための消耗品になること。



 基本はモノ扱いで酷い仕打ちは日常的。ゆえに子供らは常に怯えている。そして……





 ガッシャァアン!!


 二人が廊下を出て行って数分後、盛大に陶器の割れる音が鳴る。響く少女の悲鳴と男爵の愉悦を含んだ笑い声がこだまする。



 そしてその夜。折檻の音と悲鳴が、屋敷の外にいる兵士の存在など忘れたとばかりに高々と鳴り響き、それは一晩中続いた。





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