第229話 母の考えがわかりません




 僕に名指しで呼び出されたからか、ボルボックス元侯爵は何というか、この世の終わりみたいな顔をして対面に座っていた。




「……」

 黙ったまま、青い顔で僅かにうつむいてる。その態度から僕は、少し察するところがあって、室内から護衛の兵士さんやメイドさんを退室させ、代わりにヘカチェリーナとクララ、そしてセレナ、エイミーを呼んできてもらった。



「さて、ボルボックス―――いえ、今の御身分に敬称は不要ですね。ボルボックスさん、と呼ばせていただきます。あなたの事は少し調べさせてもらいました。理由は、元とはいえ、相応の貴族位に……それも文官であったあなたが今回、2000名の部隊の副官としてやってきた事には、おおいに違和感を感じたからです」

 するとボルボックスはハッとして顔をあげた。


 その表情からくみ取れる感情は、自分が思っていた呼び出しの理由とは違った、だ。


「(この感じ、シャーロットと僕の関係から僕が怒っていて処罰されると思ってた、ってところだね)」

 もちろんまったく怒ってないわけじゃない。だけど簡単に怒りに任せた行動や判断をするのはとても危ういことだ。




「……あの、で、殿下―――」

「先に一つ断っておきます。僕はそのこと・・・・については確かにとても怒っております。ですが僕が求めるものは、あなたの死ではありません」

「ッ!」

 僅かに希望を灯しかけた中年男の表情が、再び青くなった。ビビらせちゃって少し可哀想かなとも思うけど、それだけの事をしてきたんだから自業自得だ。



「では本題に入ります。ボルボックス、反王室派だったあなたが、なぜ皇太后の手配の元、軍に配されているのでしょうか?」

「!!」

 基本、反王室派だ王室支持派だといっても、別に公言してるわけじゃない。どちらも表向きは常々、王家と王国に忠誠を示している貴族ばかりだ。


 だもんだから、僕こと周囲から守られるだけの弱っちい王弟殿下サマが、誰が反王室派なのか把握していたのが意外だったって驚いている。



「「「……」」」

 僕の右隣のヘカチェリーナと、その傍に立つクララは、目を閉じてすました様子で控えてる。


 左隣のセレナは警戒されないよう、武装なしのドレス姿。だけどその大きな胸の下で、自分の太ももに抑えるようにして持っているクラッチバッグの中には武器が仕込まれてる。

 穏やかな微笑みをたたえたまま、だけど必要とあればいつでもボルボックスを攻撃する気満々だ。


 そして、そんなセレナの闘志や殺気を気取られないようにと、同席させた癒し担当がエイミー。セレナの左隣にちょこんと座って、よくわからないけどとりあえず、黙っておすまししていましょうって雰囲気をだしてる。


 対面してるボルボックスからしたら、意図がよくわからない同席者たちだ。圧がかけられてるような、そうでもないような、そんな風に感じてるだろう。




「……。……あの、殿下、その……何からお話いたせばよいのか……難しいのですが、まず一言、お詫びさせてください。あの件・・・につきましては本当に申し訳ございませんでした!」

 謝ったから許す、ってならないけど、とにかく一度頭を下げないと、ボルボックス自身が先に進めないんだろう。僕は謝罪を受け取らない。


「さて、あの件とはどの件でしょうね? それはまた別の日にあらためてお話するとしまして……僕の質問に答えてください、ボルボックス」

 気持ち強めに彼の名を呼び捨てると、中年男がみっともなく思えるほど全身でビクッと震えた。


「(……おかしい、いくらなんでも怯えすぎじゃ?)」

 確かにボルボックスの立場からしたら、僕に殺される理由はいくつもある。反王室派貴族で、王都でことを起こそうと動いた挙句に抑えられた、いわゆる反逆者の一人だし、シャーロットをけがしもした。


 だけど貴族であった彼だ。むしろ情報を求められて安易に極刑処罰などされないくらいわかりそうなものだけど、あまりにもその態度に余裕がなさすぎる。


「……で、殿下……わ、私めは……。う、ぅう……」

 ついには嗚咽まじりに涙を流しはじめた。

 いい年した汚い中年オッサンの、カッコよくない泣き崩れる姿は正直見るに堪えない。

 けど、ようやくその口から少しずつ語られはじめた。





「……皇太后さまは……昔より私めに女性にょしょうを、あてがわれておりました。それは一人ではなく何人も、何度も……です」

 それはとても不思議な頼み事だったという。


 ボルボックスは侯爵であり、なおかつ反王室派貴族であることは当然、皇太后母上様も知っていたこと。

 だけどそんなボルボックスへ、用意した女性と閨をともにする・・・・・・・ことを頼んでいたという。


「最初は……その、申し上げにくいですが、その……王室の弱みだと思い……」

 まぁ当時の彼の立場からしたらそうなるよね。

 皇太后が妙なことをしている、あるいは企んでるって思えば、虎穴に入って確かなモノを掴んでやろうとか、対抗派閥に属してる人ならそう思うはず。


 何せ頼み事は用意された女性を抱くこと―――頼まれた側に何のデメリットもない。

 むしろ何の心配も後くされもなく楽しめるんだ。よほど疑り深くないと、断る男性はなかなかいない。


「たびたび依頼されて受けておりました。ですが、さすがに何かあるのでは、と……感じ始め、そして妙だと確信に至りましたのは……その、とある女性・・・・・を抱くよう、頼まれた時でした」

 ―――それが、シャーロットなんだろう。一瞬名前を出すべきか迷った素振りをしたけど、セレナ達が同席してるのもあって、ボルボックスは具体的な言及は避けた。


 けどヘカチェリーナが察したみたいで、閉じていた両目を薄っすら開き、余裕の微笑みを浮かべてた口元がわずかにヘの字に変わってる。


「……いつもは、女性と1対1でした。しかしその時は……女性に対して、呼ばれた者は私めを含めて多数―――それも、反王室派の貴族ばかりだったのです……」

「……」

 僕は思わず動揺仕掛けたのを意識的におさえた。

 その話が本当なら、母上様はボルボックスだけじゃなく、かなり・・・反王室派貴族諸侯を動かせるだけの繋がりがあるってこと。





 そして一歩間違えれば、そんな反王室派貴族の子供をシャーロットが身籠ってしまうことにもなりかねなかった。


 シャーロットは、サーカス団から奴隷として売り飛ばされようとしていたのを救出した時点で、既に僕へ嫁ぐ話は決まっている。

 (※「第19話 母は偉大なのです」参照)


 だから最悪のケースだと政治的にも後々、王家内で大問題に発展しかねない状況になる仕儀だ。



「(……シャーロットが僕と結婚することは、母上様だって喜んでいたこと。なのにやってる事はまるで逆だ……僕に嫌われるどころじゃない。王家をあげての大問題に発展するところギリギリの事をしてる、……一体??)」

 シャーロットが僕のハーレムに入る。それはもう確定的だ。

 しかしそこで他の男の、それも反王室派貴族の子を身籠ってたりしたら、当然結婚はなし。


 そこまでなら、単に母上様が本当は僕とシャーロットをくっつけたくなくて妨害しようとしたように見える。

 けど、仮にそんな事になったら徹底的に調査されて、母上様が仕向けてそうなったって簡単にバレる。


 これが並みの、感情的になりやすい浅はかな女性ならともかく、あの聡しい母上様がそんな簡単に足のつく真似をするだろうか?



「(何より僕に隠そうとする気がない。母上様は何を考えて??)」

 皇太后だからって処罰されないわけじゃない。

 あくまでもこの国のトップは現王の兄上様だから、皇太后でも極刑に処される事はありうる。

 そして王家一族に関わる事ではかりごとをくわだてた黒幕ってなれば、その極刑の対象に十分成りえる話。




 ……母上様の思惑。これは思った以上に警戒が必要かもしれない。




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