第176話 引退世代だって動きたいんです




 僕たちがクワイル男爵の歓待を受けてるその頃、王都のとある地下。




「……これで全員ですか?」

「ハッ! この場にいた者は一人残さず捕縛しております、ティティス様!」

「上々です。皇太后さまにご満足いただける働きでしょう。ですが本番はここからです、気を引き締めるように」

「ハハッ!!」


 最近、僕に頼られないのが寂しいって、ちょっぴり拗ねてた母上様。なのでご機嫌取りじゃないけど僕は、今回の “ 連中 ” の件について助力をお願いした。


 そんな母上様の命を受けたティティスさんが、王都内の “ 連中 ” を密かに一網打尽にしていた。



「くそっ、なんでここがバレ―――がふっ」

 悔し気に口を開いた男のアゴがブーツの先に蹴り上げられる。


「お静かに。喚き散らす分の体力は温存しておくことを推奨します」

 王都内の “ 連中 ” のアジトは巧妙に隠されていた。何せその入り口は一般人の民家。しかもそこの住人にまったく知られていなかったのだから “ 連中 ” の組織力はなかなかに高い。


「彼らは連れて行ってください。全員首を切ります―――もっとも、最終的な判断はいかようになるかは今後次第ですが」


 シュヒ……ッン!!


「ひっ!?」「なっ?」「ひぇっ…!」


 ティティスさんがその場で身体を一回転させたかと思うと、何も持ってなかった手にいつの間にかナイフが握られ、そして一列に並ばされた男達の首に痛みが走った。


 綺麗な切り傷―――その傷が首の後ろまで貫通するかしないかは、この後の態度次第……そう彼らの身体に刻んだんだ。


 実際、連れていかれる彼らの内、何人かはガクガクと身体を震わせながら連行されていった。




「次は魔物ですね。いかがいたしますか、ティティス様?」

 アジトには、小さなものから中程度の大きさのものまで、比較的おとなしいタイプの魔物が10数体いた。

 だけどもし戦うとしたら、1体に対して王国軍の兵士さん10人はかからないと危ないくらいに戦闘能力のある魔物ばかりで、問いかける兵士さんの声には困ったような雰囲気がにじんでる。


「亜人タイプはこの場で処分します。おぞましいことこの上なく、何より使えません・・・・・。獣タイプは言葉が通じ、大人しく従うものは連行します」

「かしこまりました。では処分する場合は……?」

「魔法陣を設置します。時間はかかりますが、直接攻撃を加えるより安全に滅することができるでしょう―――まずは連行可能な魔物がいるかどうかのチェックを」

「ハハッ!」

 普段は母上様の侍従メイドなハーフエルフだけど、ティティスさんは色んな能力が高い。

 母上様が王室に嫁入りする前からの付き合いだっていうし、母上様の側近であることをとても誇りに思ってるから、武術も魔術も奉仕力もハイレベル。


 メイドさんからこうして現場指揮まで出来るんだからスゴい人だ。




  ・


  ・


  ・


 だけど、そんなティティスさんよりもスゴいのが他でもない、僕の母上様だ。


「ウフフ~、変装してお忍び旅行だなんていつ以来でしょうねぇ~、アナタ?」

「そうだのう……若く結婚したての頃はよくじぃや達を困らせたものだが、気づけば久しいな。なかなかワクワクするな」

 王族が乗るにはみすぼらしい馬車―――3台立てとはいえ、幌に破れが見え、安っぽい木材を組んだだけの、ちょっとお金に余裕がある農民が作物運搬用に使いそうな1台の御者台に、商家の人間程度の着飾りで座ってるのは他でもない、父上様と母上様だ。


旦那様・・・奥様・・。もう少しでハダの町ですぜ」

 みすぼらしい召使いを装う、腰の曲がったいかにも農民っぽい薄汚れ方をしてる初老男性……だけど彼も王家ゆかりの人間だったりする。


 アルトワール―――――父上様の遠縁の親戚に当たる人で、僕にとっても親戚のおじさんって感じの人だ。


 王家筋の貴族で、本当なら結構偉い位の大臣になる予定だったんだけど、本人がそういう面倒が多そうな地位は嫌だって、王家に近い貴族家の執事に落ち着いた。


 その後、父上様が王様に即位して母上様と結婚したての頃に、子供の頃から変装が得意っていう特技を見込まれ、二人がお忍びをする時は必ず同行してるとか。


「フフ、久しぶりだというのに、お前の変装術には陰りがないな、アルトワール」

「おっと、今はダルウェル・・・・・ですぜ、旦那様・・・。呼び方や言葉遣いにゃあ気を付けてくだせぇ。でないと気付く奴は気付きますんで」

 アルタワールさん=ダルウェルさんの変装指南は父上様と母上様にだけじゃない。


 他の馬車を動かしてるそれっぽい人達も、いかにもお金で雇われた護衛っぽい雰囲気で並走してる人達もその正体は全員、父上様と母上様のところの兵士さんやメイドさんだ。

 ダルウェルさんの徹底的な指導で、王侯貴族に仕える人間の雰囲気を完璧に消した上でお忍び旅に同行してる。




「おお、すまぬな。久々だとやはりボロが出やすい、注意せねばな」

「なら言葉遣いから直しなさいな、アンタ・・・。もっと乱暴な言い回しを心掛けないと、ヘンに思われるよ―――フフフッ、楽しいわねぇ~♪」

 母上様は上機嫌だ。

 久々に王都を離れるほどの旅行に加えて僕の役に立てると張り切ってる。


 もちろん父上様と母上様の馬車だけが二人の手札じゃない。すでに目的地には何人も先行して入り込まされてるし、移動する馬車から見えない死角はすべて、父上様の側近メイド、マデレーナさんが指揮する少数精鋭が警戒してる。


 ぱっと見、しがない商家の夫婦が街道をのんびり移動するほのぼのした様子。だけどその実態は、山賊の1人すら二人の視界内に入らせないレベルの、厳重で精錬された護衛体制が敷かれてる。



「ハダの町に付きやしたら “ 連中 ” とやらの拠点の件は無視してくだせえ。意識しちまいやすと、それだけで気取るような鋭敏な人間ってのも世の中にはいやすからね」

「うむ――――ごほんっ、ああ、わかっとる。そういう " 意 " を御するは我―――んんんっ……ワシらの本分じゃ、任せい」

「クスクスクス、町につくまで会話の練習しといた方が良さそうだねぇアンタ・・・?」

 すでに言葉遣いをなじませつつある妻に後れを取ってるのが悔しかったみたいで、父上様は少しだけ頬を膨らませて拗ねた。




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