◆第二編
第一章:動き出すモノたち
第166話 風雲急を告げます
悪い知らせが届くのは珍しいことじゃない。だけど……
「どういうことだ!? 急に国境が不安定になったと言うのは!??」
「魔物がこれまで以上に大挙して押し寄せているというのは本当なのかっ」
「バカな、ここにきてなぜっ?? このようなことは過去になかっただろうっ」
王国の東国境に、魔物たちが今までにない規模で押し寄せてきた……らしい。
しかも問題はそれだけじゃない。
「マックリンガル子爵が反旗?? 何を馬鹿な……」
「陛下直属の詰問団を皆殺しにしたというのは間違いない事なのか??」
「引きこもりが何を狂ったかっ」
東西で同時に発生した大問題。
王の間に集合してる諸大臣や貴族諸侯は、混乱気味に叫びあってる。けど明確に一つ、僕には確信できることがあった。
「(こんなに大きな問題が、そんな都合よく重なって起こるわけない。しかもきっちり東西真逆でとか、ありえなさすぎる)」
東国境の魔物の大軍出現と、西端の貴族による王国への反意的な行為のタイミングは完璧に連動してる―――マックリンガル子爵が、東の魔物に攻勢に合わせて事を起こしたと見ることもできるけど、たぶん逆。以前から彼が怪しい疑いがあると睨んでた人間からしたら、子爵が東の魔物の軍勢の件も関わってると考える方がしっくりくる。
「(ヴァウザーさんのいう " 連中 " は、多分マックリンガル子爵の子飼いだ。なら完全じゃなくってもいいからコンロトロールした魔物を使って、東の国境向こうの魔物達を攻めさせるようにけしかけるくらいのことは十分できるはず)」
完璧に操れなかったとしても、魔物のたむろする中に操る魔物を投入してきっかけを作る―――群れをコントロールすることは不可能でも、群れを誘導するくらいはやれる。
そして東が魔物の攻勢に対処するのに忙しなくなれば必然、王国の軍はその戦力の大半を東の戦局を睨んで投入しなくちゃいけない。
西の果てにいるマックリンガル子爵に軍事力を差し向ける事が難しい状況の出来上がりだ。
しかも子爵は明確に何か声明を発してるわけでもない。大臣達は反旗をひるがえしたって叫んでるけど、子爵がやったことはただ、
これじゃあ、こっちからやれるのはせいぜい一時捕縛ないし強制召還して厳しく問い詰めるくらいの事しかできない。
頑張っても殺害の罪で投獄できるかどうかだ。だけど……
「(人間同士で争ったことがないこの世界じゃ、魔物と人が同時に敵として発生したら、まず間違いなく前者への対応を最優先にする……)」
マックリンガル子爵への追求の手はたぶん弱くなる。
詰問団が殺された今、子爵を捕縛するにはまとまった軍事戦力が必要だ。
何せ王命に従わないと態度で示してるも同じ……なら子爵も当然、自前で戦力を保有していて、中央から戦力が送られてきても対抗できるような備えを持ってるはず。
ところが今回は、魔物の脅威が発生してる。王国は、どうしても子爵のことはひとまずおいといて、魔物の対応に軍を向かわせなくちゃいけない。
完全に計画的だ。マックリンガル子爵は、王国に牙を見せたのに追求も軍を差し向けられることもないんだから、悠々とさらに事を進めるための時間を手に入れたも同然。
「第一から第三防衛圏より、国境への直援をそれぞれ兵5000出すように伝令を走らせてください。王都防衛圏からは第一、第二、第三防衛圏へそれぞれ1000を出し、それぞれの援軍の穴を埋めさせます」
紛糾した緊急会議の結果は、前線へ一定の援軍を送るという無難な形にまとまった。
そしてやっぱり、西の異変はひとまず置いておく形に決まってしまった。
16歳になって間もないのに、まさか事態がこんな急に動くだなんて。
「じゃあ、西のその、マックレン―――」
「マックリンガル子爵ですよ、アイリーン」
「そうそう! そのマックリンガルっていうのは放置ですか??」
「ええ。ひとまずは、だそうですが正直かなり状況は悪いです」
何せ東の異変が突発的なことじゃなくって、
魔物への対応を優先するあまり、完全に後手後手になっちゃう流れだ。非常にマズい。
「確かにそれは酷い話ですわね。何せこちらは、マックリンガル子爵の狙いや動きなど、まるで分っていないのですし……」
クララは先日、ついに完全決定で僕のお嫁さんになる事が決まった。もう結婚式をいつにするか相談する段階に入ってて、この1、2カ月以内に執り行われる予定だった。
そして……
「大臣たちの声が大きかった、そういう事でしょう。いかに陛下と宰相閣下といえど、大臣達に揃って声をあげられては致し方なかったと……お二方の心中も、さそ苦しいはず」
セレナも、クララと同時に僕のお嫁さんになる事が決まった。何でも女性陣でそういう話を進めてたらしい、僕の知らないところで。
そして、セレナが僕のハーレムに入るにあたって一番所望していたことも、ある程度は叶った――――――王室衛軍師団・王弟妃将軍という新しい役職が創設されたんだ。
―― 国王直属ではなく、王弟直属である。
―― 王弟に直接の指令権限はない。
―― 命令系統に国王を抱かない。
―― 王弟妃のみが就くことができる。
―― 王室警護が主任務である。
―― 旗下最大配備可能兵数は1万を上限とする。
(危機的状況に面した場合、この上限を撤廃できるものとする)
これらの制限がつくけど、いくらでも抜け道はあるから特に問題なし。兄上様たちが頑張って、反対する貴族諸侯からここまで条件を引っ張ってくれた。
セレナと僕の結婚も決まって、軍部からはじゃあ今の将官位からさっさと降りろと言わんばかりに圧がかかってるけど、皮肉なことに東西で大問題が発生した今、それは不可能になった。
「(敗戦続きとか失態が重なったとかってなれば、戦中でも変えたりするだろうけど)」
この緊急時に軍の人事を一変させるなんて、ありえないことだ。
「一番厄介なのってさ……子爵がこの隙に、西側の他の領主んとこに攻め込んだり取り込んだりして、勢力でっかくしてくことだよね」
ヘカチェリーナの懸念に、僕も頷く。
何せ現地では善政で名が通ってるらしいから、口上次第でいくらでも領民をなびかせられるだろうし、隣接する他領もマックリンガル子爵に付く人が出る可能性は高い。
人間同士でやりあった事がない世界―――人間同士の国土争奪戦を想像できないっていうのは、そういう意味じゃかなり致命的だ。
「残念ながら僕達にこれといって出来ることはありません。僕は何の権力もない王弟殿下ですからね。しかし―――」
僕はそっとセレナに目配せした。彼女は頷き、そして傍に控えていた、セレナの王弟妃将軍就任に先駆けて出世していた、メイド姿のオーツ大尉に指示を出しはじめる。
「―――
何喰わないすまし顔で紅茶を嗜んでたクララも、片目だけ開けてしたり顔を見せた。
「その通りです。仮に後手に回ることになったとしても、簡単に相手の思い通りにはさせませんから」
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