第142話 命を救い守る意志です




「……、殿下ハどこでそノ知識ヲ培わレたのでスか?」


 一通りお話を終えた直後の、ヴァウザーさんの一言。

 とっても驚いていたけど、同時に少しいぶかしげな感じだった。





――――――王城の敷地内、北東にある完全な離れ。


 離れといっても二家族が暮らせるレベルのお屋敷で、周囲は真新しい壁と鉄柵で囲われてる。

 魔物の使役の件が片付くまで、ヴァウザーさんは今、この屋敷に滞在していた。

(※「第124話」~「第128話 おぞましい人達を危惧します」など参照)



「昔から色々と調べて学んできましたから。自力で辿りついた……それだけです・・・・・・

 隣にはセレナとクララもいる。


 クララは最初ヴァウザーさんの姿を見て、目を回しそうなほどビックリしてたけど、会話が紳士的で高度な知性を持ってることが分かってきた辺りから落ち着いて、かなり真剣に僕達の会話に耳を傾けていた。


「(まさか前世の、しかもこの世界よりずっと先をいってる文明社会の知識だなんて言えないしね)」

 何せ前世だと専門家じゃない、そこらへんを歩いてる一般人でさえ知ってるようなレベルのことが、この世界じゃ革新的すぎる―――知識としても、常識としても、価値観としても。


 僕の読み通り、ヴァウザーさんはこの世界のそれらよりも1段上の知性と情報を持っていて、それを理解もしてる。たぶん魔人であるという父親から教わったんだろう。


 隣でもう一歩理解しきれてない様子のセレナやクララと違って、僕との会話は、完全に理解できてるみたいだった。




「……なるほド、そウいうこと・・・・・・にシておキましょウ」

 僕の言い回しから、そこはあまり踏み込まないで欲しい意図は伝わったみたいだ、さすが。


「初めての子供も生まれ、僕自身も大怪我を負うこととなり、色々と思うところがありました。ですがどれほど深く調べても、この国の・・・・医療の現実には不安が尽きません」

 気を抜くと “ この世界の ” とかポロっと言っちゃいそう。何とか自然な感じになるように言い回しには気を付けてる。周りにヘンに思われてないかドキドキだ。


「つマり殿下ハ、医療の水準レベルヲ引き上ゲたい―――そのよウなゴ意向でアるト、いウことデすね?」

「はい、そうです。僕の身内のことだけに留まりません。……たとえばここにいる彼女はこの国の一軍を率いる者で当然、魔物との戦闘経験があります。その中で多くの部下たる兵士さん達を失う経験もしてきています」

 僕が紹介するように示したセレナを、ヴァウザーさんが視線だけ動かして確認する。セレナもその視線に対して軽く会釈を返すだけにとどめた。


「……彼女セレナも、そして彼ら兵士達も、軍人である前にこの国の人間であり民です。ですが僕は非力で、直接彼らを生存させる方策を取る事は難しい。ですが、医療の水準が高まれば、これまでよりずっと多くの人を死なせずに済むはずです」


 ―――そのために知恵を借りたい。


 多くを言わなくっても、ヴァウザーさんなら自分に求められてるのが何なのか、理解してるはず。だからそこで言葉を切って、僕は返事を待った。



 この世界の常識や価値観から大きく外れないように気を付けながら、僕の考えや知識をアイデアという形で披露した。思うところも伝えた。


「………」

 だけどヴァウザーさんは沈黙したまま、何か深く思考してる。


 たぶん、僕に協力することで世の中にどういう影響を与えることになるかを考えてるんだ。彼のこれまでの言動からすると、魔人である彼のお父さんの、いつか人と分かり合える時を待つっていう意志に、ヴァウザーさんも理解し、同意してる。

 (※「第126話 ハーフ・ヴァンピールの物語です」参照)


 ここで僕に協力することでそんな父の望みをはじめ、世の中おかしなことにならないかとか、色々考え、どうするかを熟考じゅっこうしてるんだ。


「……わかりマした。どこまデお役に立てルかわかリませンが、助力シましょウ」



  ・


  ・


  ・


 ヴァウザーさんの協力を取り付けた僕は、彼にこの国の治癒魔法なんかの本を数冊預けた。

 その分野での現状の確認と、伸びしろがあるかどうかを見てもらうためだ。もちろんすぐにどうこう言えるものじゃないので、僕達は離れの屋敷を出てお城へと戻った。


「殿下、ありがとうございます」

「? どうしましたセレナ、あらたまって?」

 クララのサポートを受けながら廊下を歩いてると、セレナが後ろからお礼を言ってきた。


「殿下がご家族のみならず、兵の命までお気にかけてくださっていた事に、私は大変な感銘を受けました。軍を代表して殿下にお礼を言わせてくださいませ」


「よしてください。……確かに、僕は兵士さん達にはなるべく死んでほしくはありません。ですが、戦場で死が避けられないのもまた事実です。……仮に、今よりもこの国の医療技術や知識を高められても、果たしてどれほど効果が見込めるかは」

 もし前世の水準まで医療技術が向上したって、戦場での死因の大半は直接的な戦闘の結果だ。

 致死級の重傷でも、運よく治療を受けられる場所まで生還できれば、あるいは助かるようになるかもしれない。

 けど大半はそのまま戦場から引く事も出来ずにやられる。


 ……悲しいことだけど、この世界の軍の在り方や運用の仕方なんかを考えたら、相当に医療レベルが上がったとしても、その恩恵は大きくはないのが現実だと思う。



「それでもですよ、殿下。我々……いえ、特に下につく者にとって、上に立つ御方が気を配ってくださっているという事実こそ、とても大きなことなのです。今は無理であったとしても、先に明るいものが期待できる……見捨てられず、御上おかみはキチンと自分達を思い、見てくれていると思える事は、将兵にとって嬉しいことなのです」


「ふふっ、ますます頑張らなくてはいけませんね。ですが、僕としましては家族の方が大事なだけかもしれませんよ? ……特に、レイアのような子供達が幼くして亡くなるなんて、嫌ですから―――クララとセレナも・・・・・・・・そう思うでしょう?」

 シリアスになり過ぎないように、茶化すつもりで含みを持たせて二人にふってみる。


 さすがこの二人は、一瞬で理解してくれた。


 顔を真っ赤にして、二人とも無意識のうちに自分の下腹部を手で触れてる。きっと将来を生々しく想像してるんだろうなと思いながら、僕は怪我に響かないようにゆっくり1歩ずつ、前に進んだ。





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