第88話 魔物談義に変わり種クッキーを添えます



 僕はもう一度、魔物についての知識を洗い直した。



「(まず前提として、国内に魔物が出るのは当たり前・・・・。ただ、単体での遭遇がほとんどで群れでも両手で数えられる程度、しかも極めて遭遇率は低い)」

 国内に魔物が出るわけがないっていう軍部の主張は、あくまでも魔物の軍団・・が出るわけがない、という意味だ。


 ごく少数なら、大昔からずっと国内でも出てる。だからアイリーンのような傭兵的に戦う人達や、国公認で勇者の称を与える云々といった制度だってある。

 けど、どんなに強い人がいたって、ものすごい数が相手じゃ焼石に水。

 なので、この世界の国家の軍隊っていうのは、何百何千何万っていう大規模な魔物に対処するための専門といっていい組織だ。


 僕は魔物に関する書物を改めて紐解きながら、ふと昔を思い返した。


「(そういえば……いつかの獅子魔人ライガルオの時だって随分と数が多かったな。道中もそうだし、その後の村を占拠してた数だって、普通に遭遇するレベルを超えてた。あの時はアイリーンがいたから難なく討伐したみたいに見えてたけど、本当はもっとずっと危なかったんだ……)」

 (※「第04話 魔物退治を見学です」参照)


 考えてみればあの頃からすでに、この国内に多数の魔物が出現する兆候はあったわけだ。

 当時はまだ国境防衛戦線は最低限だけ置いてるだけで、その都度王都から主力が向かう形式をとってたわけだけど。







「そういえば、旦那さまと結婚する数年前くらいからでしょうか? とても仕事の数が増えて、選び放題……といいますか、むしろ私たち傭兵側の手の方が足りないーっていうくらいになってました。今はどうなってるかは分かりませんけど」

 お茶の席でアイリーンのお話に耳を傾ける。

 服の上からでもほんのりと下腹部が膨らんできたっぽく見えなくもないけど、まだまだ注意して見ないと分からないレベルだ。


「そういえば、ルクートヴァーリングの方はどうでしたか、魔物の出没については?」

 試しに、アイリーンにお茶のおかわりを注いでるヘカチェリーナにも聞いてみる。


「んー、それって昔のってこと? そーねー……アタシはこれでも令嬢だったし、たまーに小耳に挟んだってくらいだけど、まーほどほどってとこかしら? いちおー北の山の近くの方が、頻度高めなカンジだったっぽいけど、それでも大きな魔物案件ってなかったと思うし」

 今の魔物事情は、彼女の父がしっかり書類にまとめて送って来てくれているので把握してる。

 ヘカチェリーナの言いようからして、昔も今もかの地の魔物事情にはさほど変化はなく、比較的平和そうだ。


「(と、なると……ある程度決まった場所で魔物の数、出没頻度が上がってることになっちゃうな)」

 王国中、満遍なく魔物の出現率や質、量の上昇が見られるなら、まだすべての魔物は国の外から入ってくる説は分からないでもなかった。


 けど明らかに魔物の出現に関して悪化してるとこと、そうでないとこで分れてる。これはどういう事なんだろう??





「他の領地のお話もいつか誰かに聞いてみたいところですが、それはそれと致しまして……エイミー、お口まわりにクッキーの残りがついてますよ」

「!? ふわっわっ、す、すみません殿下っ、お見苦しい姿をお見せしてしまいましてっ」

 いやー、むしろ逆です。本当にありがとうございます。



 今回のお茶菓子は、最近王都で話題になってるお店の名物クッキー。普通のとは違って、あえて大きく作ってあるクッキーで、両手で持たないと安定して食べられないっていうインパクト重視な商品。


 令嬢たちの間では、コレをいかに上手に食べて見せるかが、密かなブームらしいとシャーロットから聞いて、試しに取り寄せてもらった。


 ―― アイリーンは両手で持ったかと思うと、その手に軽く力を込めるだけで綺麗に四つに割って見せた。

 ―― 僕は少し考えた後、軽くナイフで表面に切れ目を入れてからフォークの先端でトントンと突き叩いて割った。石割りの要領だ。


 ―― 試しにヘカチェリーナにもやらせてみたら彼女も軽く考えた後、フォークをお皿の上に置いてその背の上にクッキーを置いた。

 その後、ナイフでクルクルと回転するようにクッキーの端を軽く叩き続けてた……と思ったら、急にクッキーが綺麗な8当分に割れてフォークのまわりに着地し、一同ビックリ。

 どんな手品!? って皆して迫ったけど、ヘカチェリーナは得意気とくいげに胸を張るばかりで教えてくれなかった。


「(……もしかして何かの “ スキル ” なのかな?)」



 ―― そしてエイミー。かなり悩んで困って、うんうん唸ってた彼女だけど、悩み過ぎたのか頭がオーバーヒートしたみたいで、軽く目をぐるぐるさせながら、おもむろに両手で掴んでリスみたいにかじり始めた。


 モノがクッキーなだけに立てる音はサクサクサクだったけど、あれは間違いなく木の実をかじる小動物。


 その食べる姿が可愛らしくて、巨大クッキー試食会は満場一致でエイミーの優勝だった。





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