第66話 ひと息つく暇もありません




「第一から第三中隊はもっと西に広がれ、魔物の軍勢の横を突かせろ!」


「押されている第七には下がれと伝えろ! かわりに第八と第九中隊を前に!」


ボアラガス実気体は壊滅した! 第四大隊は分解させ、第一、第二の手薄なところに再配備させろ!」


「ゴブリンがまだしぶとく残っている、数を減らさせろ! 戦列に穴を作らせるな、奴らの小まい小さいのが抜けてくるぞ!」





――――――重ね重ね、恵まれてる。


 最初に開戦の号令を行った後、僕を擁する司令隊はあまり前進せず、陣地から200mくらいの位置で指揮を執っている。


 戦闘の具体的なところは戦術参謀官と呼ばれる人達が行っていて、僕はおおまかな命令を下すだけ。

 だから今、こうして軍として機能しているのは、彼らが優秀な人材だということの何よりの証明だ。本当に僕は周囲に恵まれてると思う。




「(だからって、彼らに頼りっぱなしじゃいけない。僕は僕でキチンとできるように頑張らなくっちゃ)」

 ちょっとブカブカな鎧で動きづらいけど、僕は意を決してちょっと豪華な椅子から立ち上がって戦術机に歩み寄った。大きいけれど内容はとても簡素な地形図の上に、敵味方を意味するコマが置かれてる。


「? 殿下、どうかなされましたか?」

「ちょっと戦況が気になりましたので、配置関係を確認したいと思いまして」

 机の傍で背筋よく立っていた中年男性―――ウォーケット=ハバフ=ラシ大尉。

 寡黙だけどベテラン感の漂うナイスミドルな戦術参謀官だ。


「……現在、殿下の軍は魔物どもに対し奮戦しています。左翼は先ほど猪どもを殲滅、右翼も生意気な狼らを食い止めております。意外にも中央のゴブリンどもが存外、粘り強さを見せているといったところで」

 丁寧で落ち着いた語り口調だけれど、魔物のところはかなり乱暴な言い草だ。


「(魔物に対して、すごく敵対心を持ってる感じだなぁ)」

 そういう人は多い。シャーロットもそうだけれど、この世界には魔物によって家族や恋人などの大事な人を害されたっていう人間はたくさんいる。

 それどころか、国そのものが滅ぼされたりもしてるんだ。


「(兄上様次男の奥さんの一人、ハイレーナさんもそうだし)」

 宰相の第二夫人でハーフエルフのハイレーナ=ケイ=マクスムル。マクルムル家は魔物に滅ぼされた他国からこの王国に逃れてきた一族だ。

 ハイレーナさんが兄上様に嫁いだのも、元は余所者でこの国でやっていく基盤が出来てない一族のため、王家と縁を結ぶ政略結婚だった。


「(魔物は国すらほろぼす……脅威度の高すぎる存在に、怒りや憎しみを抱いてる人は多いだろうなぁ)」

 そう考えればなるほど、獣人であるエイミーの父親が出世するのを快く思わない人間がいるのもどうりでと思える。

 獣人やエルフは人間と見た目に違いがある。だから大昔は魔物の仲間だ、通じてるんじゃないか……などなど、今よりもっと疑われ、迫害されてた時代もあったらしい。


「(疑心暗鬼になったら差別したり迫害したりするのはどこの世界の人間でも同じってことかな)」

 遠目で戦ってる兵士さん達と魔物のウォルフ二足歩行狼の姿を見て納得する。ああいう魔物がいるんじゃ、獣人とかも魔物と混同されるわけだ。



「(……うん、やっぱりあの手・・・は打っておいて正解かもしれない)」

 全員合わせて僕達は5000しかいない。セレナへの援軍としては全然足りてないのは明らかだ。

 でもこれ以上の戦力捻出は、時間的にも貴族達の臆病さ的にも不可能と判断した僕は、一石三鳥の手を思いついてエイミーとヘカチェリーナにお願いしておいた。




 けれど、僕の思惑が実を結ぶまでは早くても1週間くらいはかかる。それまではこの5000をやりくりして魔物を撃退し、セレナを助けなくっちゃいけない。


「……ウォーケットさん、騎兵50を編成させて相手の後方に走らせてください。攻撃の必要はありません。まだたくさん残ってるゴブリンをかく乱するのが目的です」

「悪い手ではありませんな。すぐに手配いたします」

 とにかくやれることをやろう。どっちみち僕に出来ることはそんなに多くないんだから。



 ・


 ・


 ・


 戦いは、のべ8時間続いた。


 僕達は1800人を動員して600の魔物に当たり、これを撃滅。途中セレナが最前線から200人を、ちょうど敵の側面になる東側から送ってくれたので、最後は一気に殲滅できたんだけど……




「すぐにヒルデルト准将のもとへ代わりの200人を送ってください。受け入れの200人は、第三陣へ移送して怪我の治療に専念させましょう」

 セレナが出した200人はすでに怪我人だった。壊滅状態の魔物たちに横撃を加え、そのまま僕達の後援部隊へと送る、最前線から下げる要員ばかりで、こっちの援護をさせた。

 余裕がないからこそ一石二鳥の手立てがあれば何でもやる、そんな雰囲気が感じられた一手だ。僕も見習わないと。



「殿下、医療物資の手はずも整いました、その200人と共に搬入を」

「いいタイミングです、ぜひそうしましょう。最前線はここよりもっと酷い有様のはずです、いくつも成果が得られる手立てがありましたら、どんどん実行を」


「申し上げます、第三陣より食料品の定期搬入が参りました!」

「半数はこの陣に置かせてください。もう半数は輸送態勢を維持、そのまま第一陣へもっていかせるように。そこで荷ほどきを行ってから最前線へと3度に分けて送り入れるまでをしかと手配してください」

 魔物との戦闘が終わったばかりなのに慌ただしい。むしろ戦闘中よりもドタバタしてるくらいだ。



 だけどこれが後援部隊の活動だ。なるべく最前線のセレナ達が戦闘に集中できるよう、僕達は補助行動を取り続けていかなくちゃ。



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