第33話 下心バレバレな大臣です




 勇者ジェイン一行との謁見は、それなりに有意義だった。



 肝心の勇者は、女性二人に引きずられて帰っていくっていう情けない感じだったけれど、仲間の二人―――特に僧侶クレリックのクリスさんは恋のライバルだったアイリーンをお嫁さんにした僕に、帰り際まで感謝の意を示してた。


 アイリーンに元より気がなかったとはいえ、勇者ジェインが言い寄れない王弟の身分になったのだから、クリスさんからすれば万々歳だろう。



「(恋のライバルに万が一でも取られることがなくなったわけだから、嬉しいのは分かるけど……クリスさんはあの勇者のどこがいいんだろ?)」

 並みのレベルで見れば、ジェインも剣士としてそれなりに強いみたいだ。


 魔物討伐にしてもアイリーンが一時加入した時はほんの僅か。

 つまり、あの3人で勇者の称を得られるだけの成果をあげてきたわけだから、本当に足手まといのレベルだったら、あのパーティはとっくに消えてる。




「(とにかくお城の外に知り合いが出来るのは嬉しいし、謁見してよかった)」

 そんな事を考えながら僕がお城の廊下を歩いていると、向こうから少し恰幅のいい綺羅きらを纏った男性が歩いてきた。


「これはこれは王弟殿下、ご機嫌麗しゅうございまする」

 道を譲り、臣下の礼をキチンと取るのはカルゼオ大臣。この国の大臣の一人だ。


 見た目はいかにもな感じだけれど、僕には昔から妙に優しい。


「(まあ狙いはあからさまなんだけどね)」

「奥方とは最近とみに御仲がよろしいと評判で、何よりでございまするな。ところで奥方と申しますれば殿下、お兄様の御縁談のお話など、何か御存じではございませぬかな?」

 そらきた。

 要するに、自分の一族の娘なりを僕たち王室入りさせて、権力を高めたいっていう野心がミエミエ。


 特に現王の兄上様にいまだ一人のお嫁さんもいないことをチクチク攻めて、事あるごとに縁談話をアプローチしてくる臣下の一人がこの大臣だ。


「(僕に優しくするのも、からめ手からってこと何だろうけど、いくらまだ13の子供だからって、そういうたくらみに気付かれないって思ってるのかな?)」

 いかに大人が子供を弱く小さいものと侮って見ているかが、こうして前世の記憶をもったまま生まれ変わってみてよく分かる。


 もっともカルゼオ大臣みたいなのは、僕が子供だろうと大人だろうと関係なく、自分の野望のために利用しようと近づいてきただろうけど。




「……うーん、宰相の兄上様が何かご準備を進めていらっしゃるような事を話していた気がします。詳しいことは僕は分かりませんので、兄上様にお聞きになられてはいかがでしょうか??」

 これは、その宰相である兄上様に前々からこうしなさいと教わっていた、大臣なんかが王室にアプローチしようと僕に接触してきた時の対応策だ。


 要するに適当な理由を付けて、話があるなら僕じゃなくて兄上様に向かうように仕向け、あとはこの兄に任せなさい、というわけだ。うーん、頼もしい。


「なんと! それは誠でございまするか?! むむ、こうしてはいられぬ……おっと申し訳ございませぬ殿下。わたくしめは宰相閣下にお伺いしたきことが出来ましたゆえ、これにて失礼いたしまする」

 言葉や態度だけで、真からの忠誠心なんてないことが伝わってくる。

 大臣からすれば、王弟ぼくや王室の面々は自分の出世と権力欲を満たすために媚びを売る相手でしかないのが丸わかり。


「(はー、あからさまだなぁ……。だからって油断していいわけじゃないけど)」

 欲深いといっても大臣は大臣。

 その政治力や貴族とのコネクションは本物だ。なので兄上様たちも彼らのあさましい本音や考えを見抜いていても、だからって簡単に排除したり冷遇したりはできない。

 上手く手綱を引いて利用しなくちゃいけないんだ。


「(能力だけそのままで忠誠心が本物になってくれたら、兄上様たちも随分楽になるんだろうなぁ……ホント、強欲な有力者っていうのは迷惑な人達だよ)」

 何気なく僕に付いて傍に控えているメイドのエイミーを見る。彼女の過去にしたってそうだ。

 欲と嫉妬に駆られた人々が彼女の幸福な家庭を奪った。彼女に絶望の幼少期を与えた。

 結果として彼女の無念は晴らされ、彼女を不幸に貶めた人達は裁かれはした。


「(けど、エイミーの失われた家族はもう戻ってこない。後ろ指で指される事になった人達だって今でも暗い気持ちがくすぶってるはず……いくら自分達が悪さをしたといったって、それを受け入れられずにエイミーを逆恨みしてる人だっているんだろうな)」

 本当に、本当に迷惑だと僕は思う。





 欲望、それは正しく人間が行動する根源になるものだと思う。


 けれど過ぎた欲や、他を貶めてでも欲する人々は、いつの時代のどんな時でも必ず出てきて、たくさんの迷惑を世の中に振りまく。


「(あのカルゼオ大臣もそんな一人なんだって思うと、一体どれだけの人に迷惑をかけてるんだろうって考えちゃって、何だか腹がたってくる……だけど)」

 ままならない。


 神様だとか悪魔だとか、そんな絶対的な力や存在でもなくっちゃ、きっとそういう人達は根絶できないんだと僕は思う。


 もちろんそんな力は僕にはないし、その辺ウロウロしてるわけもない。


「(多分人間じゃダメなんだろうなぁ……。もしも、すごい力や権力を持ってたって、価値観とか常識とかが人間のソレだもんね)」

 もし世界を征服した国があっても、じゃあその国の王様が優れていてかつ正しい視線と常識を持ってるかっていうと、そんな事は絶対にない。

 むしろ世界征服なんて人の欲望の果てのような行動だ。それを望んだ王が真っ当な感覚でもって世の中を治められるような人間であるわけがない。


「(……迷惑な人間を本当にどうにか出来るのって、本物の神様とかしかいないってワケだね)」

 つまり僕たちにんげんは、どこまでいっても一部の迷惑を振りまく人々と付き合っていかなくちゃならない宿命を背負ってるんだ―――そう結論に至った僕は、何だかとても疲れた。

 なのでつい、大臣の去った方を睨んでしまう。



 もっとも、ああいうのが世の中にいなかったとしたら、僕がハーレムを築いて安泰な将来を目指そうとしなかったのかもしれないけれど。




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