第70話 鼓笛

 獣の国で与えられた屋敷は、私達が拠点とするだけでは持て余すほどに広い。


 その広大な庭の一角に、アトラと毛玉は工房やら試験場やらを設けていた。


 毛玉の権能にかかれば、多少の建築程度ほんの一瞬で終わるらしいけど。


「……掃除した方が良さそうですね」


 そこかしこに試作の兵器が乱雑に積み上げられ、一見ガラクタの山。


「よし、こんなものかの、ほれ」


 アトラは的を持ってきて、少し離れた場所に置くと"笛"と鉄の棒を私に手渡した。


「……そんな棒切れで、敵をどうにかすることなんて出来るんですか?」


 話には聞いていたけれど、実際のモノを見てみるとそんな大層な武器には見えない。


 見かけは鉄の筒が付いた木の棒でしかない。


「前に話したかもしれぬが、威力だけなら、弩や弓の方が遥かに上回るだろうな」


「……でもそれに勝る利点があるんですよね?」


「まだ欠点は多いがな。さて、火薬と球を込めるのだ」


 アトラから火薬と球、そして細長い鉄の棒を受け取る。


「……棒で押し込めばいいんですね?」


「気をつけよ、綺麗にやらぬと暴発するからの」


「えぇ……面倒くさいですね……」


 取り敢えず、言われた通りに火薬と鉄球を押し込む。


「初めてやるわりには手間取らぬかったの。後は簡単だ、棒の先端を目標に向けたら、火縄に火をつけ、横に空いている穴から点火するだけだ」


「大丈夫なんですかこれ?」


「まあ毛玉が直接作ったものだからの、そうなったら苦情は奴にな」


「……信じますよ」


 棒の先端を的に向ける。


 火打ち石を打ち、火縄に火をつける。


 縄の焼ける匂いが昇る。


「後は、その穴に火縄を押し付けるだけでよい、衝撃があるからしっかり持つのだぞ、棒の先は的に向けたままだ!」


 弓ほどの威力がないものに、そんなに警戒する必要があるとは思えなかった。


「わかりましたよ、何がそんなに──」



◆◆◆◆◆◆◆◆



 ──耳をつんざく音が響いた。


「──わっ!」


 焦げたような匂いと煙を吐く"笛"。


 一瞬で手に伝わる衝撃。


 思わず手を離しそうになったけれど、魔力を込めて何とか握り直す。


「だから言ったのだ……」


「な、何ですかこれ……」


「見てみろ」


 腰が抜けてしまった私は、アトラが指差す先を呆然と見る。


 的は、粉々に砕け散っていた。


「これのどこか弓よりも威力が無いんですか!?」


「そうそう狙い通りに飛ばぬし、弓や弩に比べ、飛距離は大したことないからだ。ここまで近づけ無ければ、鎧にも通らんし、それらよりも威力はない」


「……でもこの音は……」


「この武器の利点の一つは虚仮威しだ。これを大量にならべ、音と共に放たれる光景を想像してみろ」


「音だけで……?」


「どれだけ熟達しようが、命中精度は大したことがない。逆に言えば誰に持たせても良い。そして何より、殺す相手の温度を感じない」


「……どう言う意味ですか?」


「良いかの、殺す相手に妻子がある事を想像してみるのだ……躊躇するであろ?」


「……そうですね」


「"これ"はそれを和らげる。剣や槍は相手を打った反動が来る。肉を切り、骨を断ち、血を浴びる。弓や弩には力がいる、それだけの重みを感じさせる。だが、これにはそれらがない。相手の命を軽くする、故に、殺しに慣れていようがいまいが相手を殺せる」


「だから誰でも使えると言う事ですか」


「その通り。これが世に蔓延る事になれば、後に更なる争いを生むだろうが……そんな事は余の知った事ではない。精々半世紀か、百年ほど先取りした程度じゃからの」


 ガラクタの山を見ながら言うアトラ。


「ま、これで少なくとも帝国の軍勢は、どうにかできるだろう、だがまだ本質的な問題は解決しておらん、雑兵や騎士などは永延と回復してくるだけで、元々倒せないわけではないからの」


「……アリアとレオンですか?」


「あやつらは制約と契約の力で強化されている、余らの権能は既にお主のものであるからあやつらが使う事は無いだろうが──」


「アリアの制約はまだ二つしかわからないし……それも、片方は名前に関するという事しか分からない……レオンに関しては何も……アトラさんは何か知ってませんか?」


「……あやつらがもっと迂闊ならば良かったの」


 アトラは俯きがちに呟く。


「……そうですか」


「……生憎、確信できるのは一つしか知らんの」


 そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「えっ」


「余を誰だと思っておる。"そういう"のが本懐であるぞ、くくっ」


「なんで今まで教えてくれなかったんですか」


「つい最近知った事だからの、帝国に残していた眷属からようやく情報が届いたのだ」


「なるほど……?」


「眷属といっても、蜘蛛は蜘蛛。魔術のように自由自在というわけではない……距離があれば、地味に時間がかかる……やはり余の能力は地味よの……」


「ま、まあまあ、兎に角分かったのならそれで良いじゃあありませんか!」


「そうか?まあ、そうだの」


「それで」


「《アリアが渡した物以外、口にしない》であろう、彼奴らの様子からそう判断できる」


「……それは……レオンの制約ですか?その一つだけであんな力を……?」


「あの男にはアリアの補助もある事だろうしな。それに、アリアが死ねば、自身も遠からず命を落とすことになる。……それなりに重い制約ではあるの」


「……なら……一体どうやって破りましょうか……」


「簡単ではないか?適当なものを食わせれば良い。それだけで制約は破れる」


「……それはそうなのでしょうが……」


「どうにかしてまた乗り込むしかないの、眷属では物を運ぶことは出来ぬし、大きい個体は殺される」


「……そうなりますか」


「あとはアリアだが……魔術の事は専門家に聞いた方が早いかもしれんの」


「専門家?」


「毛玉に聞く他あるまい、余に出来るのはこれくらいだ、ま、気晴らしも程々に済んだことだし、聞いてくるが良い。今は会いに行くのに湖を渡る必要もないのだからの」


「……ありがとうございます」


「なんのことかの、同盟者が勝たねば戦利品など貰えんのでな。さ、いったいった。余は眷属達への連絡をせねばならん」


「程々に休んでくださいよ?」


「何を言うか、余は千年紀の前から働き続けておる、この程度で疲れるわけなかろう」


「ふふ、それもそうですね」


「余はこれしきでどうにかなる程、やわではないのだ」


 自分に言い聞かせているようにも聞こえたけれど、不思議と悲しみを感じせなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……え?」


「ああ、女神の娘か、よく来たな」


 毛玉の部屋で佇んでいたのは、この間僅かな間だけ姿を見せたお爺さん──毛玉がまだ人間だった時の姿だった。


「戻れるのですか?」


「この体の持ち主は寝ている」


「……貴方は」


「お前達が"毛玉"と呼んでいる獣だったものだ」


 髭を撫でながら淡々と言う。


「要件は、外で聞こう。あの娘に見つかれば何を言われるかわからぬ」


 そう言って、手に持った杖で床を鳴らすと、石材が意思を持つように動き始め、地下へ続く階段が作られた。


「散歩に付き合え、それくらいの暇はあるだろう?」

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