第3話 味噌汁求めて初デート

 学校から帰宅後すぐ、葉那は多喜子さんの部屋に呼ばれた。

 

「鴨南蛮の記事、採用されたよー。葉那ちゃんのおかげだね」


 ふんわりとした笑顔で、多喜子さんが報告をする。


 どうやら、仕事はうまくいったらしい。


「おめでとうございます」


 葉那は手を叩いて喜んだ。

 

「でね、今日は葉那ちゃんのリクエストに応えます。何か食べたいもの、ない?」


 急に聞かれても困る。

 高級なモノを頼んで家計を圧迫したくない。


 お互い、賃貸マンションに住む身だ。贅沢は難しい。

 家系もたかが知れている。


 そんなことをすれば、二度とお呼ばれなんてされないだろう。

 

 葉那としては、負担にならない程度に関係を維持したい。


 とはいえ、「どうせ一方通行の想いだ。豪勢に行こう」という考えも頭にある。


 多喜子さんへの配慮と自身の欲望、その満たす料理とは。


 想像するだけで腹が減る。

 

 

 腹の虫という形で、葉那は天啓を得た。


 

「決まりました!」 


「ではリクエストをどうぞ」

 


「じゃあ、味噌汁で」


 

「え、お味噌汁でいいの?」


 想像通りのリアクションが返ってきた。


「お味噌汁『が』いいんです」

 なので、強調する。



「葉那ちゃん、遠慮してない? もっとハンバーグとか、から揚げとかできるよ?」


「いいえ。多喜子さんが普段、どんなお味噌汁を作るのか、興味があるんです」


 まるで「隣に住むカップルが、どんな夜の生活をしているのか知りたがる男子中学生」のような食いつき具合だが、ここは譲らない。


 

 味噌汁なら、すぐに食べられる。

 いつでも作れるほど気軽で、自身の独占欲も満たせるではないか。



 

「分かりました。じゃあさ、今から付き合ってくれる?」


 付き合ってくれ、という単語だけで、葉那は心臓が飛び出そうになる。


 お財布を持った段階で、買い物に付き合ってくれと言っているのだと分かっていても。


「はい。じゃあ、スウェットはダメですね。着替えてきます」



 大急ぎで用意しつつも、頭の中は「うわーデートだー」と浮かれていた。


「おまたせしました!」


 

 おかげで、モテカワコーデで決めるという有様に。


 

「葉那ちゃん、お買いものに行くだけだよ。気合い入りすぎじゃない?」



 これではセーターとロングスカート姿という、多喜子さんのパーフェクトな清楚さを殺してしまうではないか。



「ま、いっか。はじめて二人きりでお出かけだもんね」


 多喜子さんはいつものスーパーには向かわず、月極の駐車場へ。

 

「ショッピングモールの方に行こうか? 車出すねー」


 4人乗りの小さな軽ワゴンのキーがピピッと音を立てる。


「お味噌汁は作るとして、ちょっと豪勢に行こうよ。いいことあったし」


 しまったと思った。気を遣わせすぎたか。


「発進!」

 

 気合いを入れたかけ声の割りには、のそー……っとした動きだった。

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