第2話 一緒に食レポ鴨南蛮

 それ以降、多喜子さんは、しょっちゅう葉那に助けを求めてくる。


 

 最近多かったのは、料理の味見だ。

 多喜子さんの夫は、酒も飲まず「子どもっぽい舌」らしく、大人びた味付けを好まない。

 そのため、サンプルとして葉那の舌が信用されているのだ。


  

 今日は、ノートPCが動いている。

 電子書籍のアプリが、タスクバーに鎮座していた。

 だが、そちらは開いていない。

 どうやら、サイトを作動していたようだ。

 

「在宅ワークまでしていたんですね。何をお仕事に?」

 


「笑わないでね。食レポを、少々……」

 

 

 通販で買った食材を調理して、レポートするという。

 

「すっご」


「そうでもないよー。月に一回採用されるかどうか。ダンナは応援してくれるんだけど」


「すごいじゃないですか。わたし、文才ないからうらやましい」


 葉那はとてもマネできないと思った。


「お友達は、娘さんと行ったスイーツのお店レビューが採用されたって、喜んでたけど、私は全然。はあ、子どもがいたら、わたしももうちょっと注目されるのかなー?」


 自分が男だったら、仕事にかまけず多喜子さんに子種を……。


 いやいやいや、違う! アドバイスの論点がずれた!


「たぶん、そういうことじゃないんだと思います」


「葉那ちゃん?」

 

 

「子どもが欲しいというのは、多喜子さんの個人的な憧れであって、記事にならないのは、もっと根本的なことかと思います



 多喜子さんに許可をもらって、葉那は過去記事を読ませてもらう。


 数ページだから、あっという間に読んだ。



「何が悪いとか、編集さん側からアドバイスは?」


「うーんとねー、文章がダルいって」



 葉那は、わずかな情報だけで、多喜子さんの弱点を見抜いた。

 おそらく、原因は本棚を埋め尽くす、大量の書物。

 

「小説を参考にしていません?」


「すごーい。よく分かったねー」

 

 わかりやす過ぎる。

 多喜子さんの文章は、小説的すぎるのだ。


 内容を具体的に書いておらず、イメージするしかない。

 ワインのテイスティングなら、これでいいと思う。むしろその方が合っているらしかった。


 他の食レポサイトはどうか知らないが、このサイトの場合、そこまでの文章力は求めていないのだ。


 詩的でキレイな文章ではなく、「おいしそう!」や「楽しそう!」をガツンと表現した方が受けていた。


「よく観察したね-。わたし、全然わかんなかった」


「必要最低限の描写はできています。でも、ちっとも美味しそうじゃないんですよ」


「でも、どうやって書けばいいんだろ?」


「多喜子さんが着目すべきは、おそらく子どもとのツーショットではなく、写真そのものかと」


 ただフカンで撮影しただけでは、どうしても献立表の域を出ない。

 カメラを限界まで近づけてダイナミックに取るなど、工夫が必要なのである。


「そっか。それならすぐに改善できるね!」



 話し合っていると、宅配便が食材を持ってきた。


「これのレビューを書くために、ノートPCを用意していたんですね?」


「うん。わたし、スマホのフリック打ちって苦手で」


 意外だ。

 そうでもないか。PCの操作に慣れていると、スマホの打ち方に違和感を覚えると言うし。


「じゃあ、はじめまーす」


 届いた食材は、鴨の肉と長芋だ。


「擦りまーす」


 すり鉢でゴリゴリと長芋を練る。


「おーっすごいすごい! 重いです! しっかりしてますね! これ写真に撮って葉那ちゃん!」


 メレンゲでもかき回しているかのように、多喜子さんは擦った長芋を伸ばし、粘りをアピールする。


 指示通り、葉那は長芋をスマホに納めた。

 二度も。

 最初は、素直に粘りを描写。

 二度目は多喜子さんをメイン被写体にして、観賞用だ。


 

 続いて、短冊切りにした長芋に鰹節をまぶす。

 

 練ったトロロは、白ネギと共に鴨南蛮と合わせた。


「では、いただきます」


 トロロと共に、鴨南蛮をすする。


「うん。粘りが強くて最高!」


 何万文字の言葉より、多喜子さんの笑顔がうまさを物語っていた。


「鴨も柔らかいですね。鶏肉だと引き締まってるけど、鴨はホロッとほぐれます」


「うんうん、食レポうまーい」


 手を叩きながら、多喜子さんが葉那のレポートを褒める。


 片付けをした後、

 

「ごちそうさまでした」

 

「年越しも一人だったので、こうやって誰かとおそばを食べるって、楽しいですね」

「そうだねぇ。わたしはダンナとカップ麺で済ませたよー」

 

 多喜子さんがノロケる。


「今日の長芋もね、ダンナに精を付けて欲しくて」

 

 

 それが、葉那にとって毒とも知らずに。



「けど、葉那ちゃんに褒められてうれしかったなー。また来てくれる?」


「迷惑でなければ」


 本当にいいのだろうか。


「迷惑だなんて。いつでも遊びに来てね」

「本気にしますよ?」

「おいしいものを作って待っているから」


 この浮気者め。


 一瞬思ったが、違うなと考え直す。

 

 ちなみに、おすそ分けしてもらった長芋は、家で大層喜ばれた。


  

 とはいえ、夫婦水入らずの家を、邪魔していないだろうか。

 

 多喜子さんには会いたいが、夫婦仲を邪魔したいわけじゃない。


 ダンナを排除することは、多喜子さんの幸せを踏みにじる行為だって、葉那にだって分かっている。


 同時に、愛を独占したい! という感情もあった。


 ともあれ、昼から夕方の間だけ、秘密の逢瀬を楽しもう。

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