超人7s

水田柚

序章

Loop? 5/22(日) 17:23【崩壊】

「臨時ニュースを申し上げます! 臨時ニュースを申し上げます!」


 世界中のメディアが狂ったように速報を映し出す。イギリスのBBCもアメリカのCBSも、もちろん日本のNHKも。そこで告げるのはこの世の終焉、すなわち聖書における黙示録。


「現在、世界中に降り注いでいる宇宙からの飛来物。その中から巨大な怪獣が次々と出現、破壊の限りを尽くしています!」


 黙示録の獣。この世界に終わりをもたらす者。キリスト教徒はそう信じて疑わなかった。仏教徒は世の末だと悟り、ヒンドゥー教徒は破壊神シヴァが終わりを告げたのだと錯覚した。


「もうすぐお父さんの所へ行けるのよ、お父さんの所へ……」


 中東のどこかで、母親は泣き叫ぶ我が子をあやしていた。


「えーただいま我々のもとに核弾頭が発射されたとの情報が入ってきました。いよいよ最期です。さようなら皆さん、さようなら」


 アジアの東で、巨大なキノコ雲が立ち上っていた。


 臨時ニュースを申し上げます、臨時ニュースを申し上げます。ニューヨークが壊滅しました。北京が木っ端微塵に吹き飛びました。東京が火の海になっております。ロンドンが——カイロが——シドニーが——、ラジオから流れてくる滅亡実況。やがてアナウンサーの悲鳴を最後に、ラジオはその役割を失った。


 とある学校の屋上。少女は沈黙するラジオを放り投げ、ただ燃え盛る朝霧市を眺めていた。そこから見えるのは、口から火を吐く八体ほどの巨大な怪獣。そして人々を切り裂く無数の小型怪獣だった。


「超人は、まだ現れない……」


 少女は呟く、まるで機械のように淡々と。そこに怒りや悲しみ、絶望さえもない。例えるなら、たった一枚だけ買った宝くじを机の上に放り忘れ、そしてたまたま読んだ新聞でそれを思いだし番号を確認して一桁目で外れている「ああ、やっぱりな」少女の呟きは、それに近かった。


 やがて新たな怪獣が空から降り注ぎ、学校のグラウンドに着弾した。窓ガラスは弾け飛び、爆炎が少女の目の前で燃え上がる。そしてクレーターを踏みしめ現れるは校舎を遥かに越える巨大な獣、怪獣。まるで直立した肉食恐竜のような燃え盛るトカゲのような怪獣は、少女のいる六階建ての屋上に手をかけ立ち上がる。少女の目の前で柵が飴のように溶け曲がった。


 だが少女は逃げようとしない、そこに逃げ場もない。米大統領だろうがローマ法王だろうがもうじき死ぬだろう。世界中たった一人を残して死んでしまう、ここにいる少女を残して。


 怪獣が少女を見下した。まるでアリを見るかのように。そして口いっぱいに火炎を蓄え、特大の火球を少女に向かって吐き出した。


 しかしその火球は、少女には届かない。


 世界が静止した。火球は宙で固定され、怪獣も凍ったように動かない。街から立ち上る爆炎も、空から降り注ぐ火の粉も流星さえも。少女がこの世界の時を止めたのだ。


「これで248回目。まだ世界は救えない」


 永遠の虚空に少女の嘆きが響き渡る。少女は戦っていた、この世界を襲う滅びの運命と。少女の持つ力をもって。


「——リトライ」


 少女が言葉を発すると同時に、パチンと指を鳴らした。瞬間世界に何かが弾ける。太陽が東へ沈み、流星が空へと帰っていく。時計の針は高速で逆回転し、人々は日常へと足を巻き戻す。


 そうして七回ほど太陽が西から昇り沈んだ。空を照らす七回目の満月が天上に差し掛かった頃、もう一度世界に何かが弾ける。その瞬間時計の針は見慣れた方向へ時を刻み、東の空が照らされていった。そして人々は何事もなかったかのように日常へと戻る。虚空へ消えた崩壊の歴史を忘れて……


 令和4年、朝霧市に249回目の5月16日が訪れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る