020220【弔い】
「御前さんは臆病だから斬り合いになんかなったら動けやしないぞ」
幼い頃、通っていた道場の師範からそう言われた。門下生の中でも一番見込みがなく、よく皆に笑われた。そもそも、血を見るのも苦手であるし、真剣勝負の立会いなどしないで済むなら一生したくなかった。父の云う武士の誉れという精神も一寸も理解出来なかった。
ある日、家に賊が押入った。寝込みを襲われたため、呆気なく父は斬り伏せられた。
私は刀を持ち急いで母と妹の元へ駆けていき、障子を開けた。母は既に無残な姿で横になっていた。
丁度賊は上段の構えから、妹に刀を振り下ろそうとしていたため、私は斬りかかろうとしたが、賊に届く前に妹は斬り捨てられた。遅れて、私の刀が賊の喉を裂いたが最早何の意味も無かった。
その一件以降、私は取り憑かれた様に抜刀の修練を重ね、遂には誰の目にも留まらないまでになった。戦があれば、自ら出向き、ただただ敵を斬り捨ててはこれが弔いだと自分に言い聞かせていた。そのうち、相手の返り血を浴び過ぎた私の目は潰れてしまったが、元来臆病な私にはかえって都合が良かった。
いつもの様に相手の血を浴びて、真っ黒になった身体で夜の町を歩いていると突然後ろから声を掛けられた。
反射的に私は鞘から刀を抜いて後ろへ斬りかかった。
鞘から刀身が抜き放たれた瞬間、其の声が丁度生きていれば妹と同じ年齢くらいの女性の声である事に気が付いたが、幾度となく体に刻み込まれた動きはもはや止めることが出来なかった。
二度と、あの夜の出来事は起きて欲しくない。自分の無力さ故に助けられなかった不甲斐なさ、遣る瀬無さ、申し訳なさはもう御免被る。
そして、私は思い切り自らの舌を噛み切った。
刀から感じる感触から何とか首の薄皮一枚というところで腕は止まったことが分かった。
突然斬りかかられたにも関わらず、その女性は私の身を案じていた。
私はその場に倒れ込み、意識は徐々に薄くなっていった。
誰とも知らぬ腕の中で、私はやっと弔いが果たせたのだと感じながら安らかな気持ちであった。
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