犬神家の少女ハイジ
水円 岳
第一章 ハイジ、犬を拾う
第一話 ハイジ、犬に捕まる
瀬戸内海に無数に散らばる大小様々の島々。そのうちの一つに、かつて龍神が棲んでいたという小さな無人島がある。島は中央が陥没した環状になっており、その輪もところどころが切れて、十二に分かれていた。
島は
しかし。ある年巨大な黒雲が島の真上に湧き、そこから落ちた太い
◇ ◇ ◇
「というわけで」
わたしは、自分の置かれている状況が全く理解できていない。なんか、妙に狭苦しい四方ガラス張りみたいな部屋にぺた座りしてる。って、ここどこ?
「どんなわけよ!」
「見ての通りだが」
日本神話に出てくるような白装束を着た若い男が、わたしを見下ろしている。メンはいいんだけど、どうも仕草や雰囲気が犬っぽい。
いやいや、そんなことより! もう一度これまでの経緯を整理しておこう。わたしは県立
今日は漁船に乗せてもらって、
そしたら、運悪くワイヤーを引っ張ってたウインチが故障しちゃったんだよね。そんなに大きなかごじゃないから手で引き上げるかって漁師さんたちが言って。みんなでいっせのせで上げた時に、かごに弾かれちゃった。
「ぷぎっ!」
すっ飛んだわたしは反対側にごろごろ転がって、そのまま海にどぼん。停めてる船のすぐ近くだし、ライフベスト着てるから大丈夫だよなって……思ってたのに。
「なによこれっ!」
わたしは気絶なんてしてないよ。すぐ海面に浮かび上がったもん。船に戻ろうとして、変だなあと思ったけど。岩礁の輪の『外』に落ちたのに、なぜか『中』にいたから。
そしたらなんか変な格好をした連中がぞろぞろ表れて、少し離れたところでじゃんけんを始めた。んで、おそらく最後に勝ち残ったのがこの犬男だったんだろう。
「説明が要るか?」
「あんただったら、説明なしで納得する?」
「しない」
「説明してくれても納得なんてしないけどねっ! ふざけないでよっ! ああー、船が行っちゃうー」
どうも、向こうからは岩礁の中が見えないらしい。わたしの落ちたあたりを必死に探し回っていたおじさんたちが、無線で何か話をして戻っていった。応援を頼むのかな。帰った船がここに戻ってくるまでには、一時間くらいかかる。それまでは動けない。
「はあっ。一体なんだっていうのよ」
「おまえは、三百年ぶりの生贄だ」
「いけにえええええっ!?」
絶句していたわたしにお構いなく、犬男が一方的に事情説明を始めた。それは……生贄っていう神聖な概念とはまるっきり次元の違う、ものすごーく情けない話だった。
◇ ◇ ◇
なるほど。そういうことだったのか。
この
当たり前だけど、そんなやつはまるっきり女にもてない。で、生贄と称して人間の娘を無理やり奥さんにしようとしてたわけね。でも、相手がブサメン酔っ払いの超俺様暴力男じゃあ、こんなやつの嫁になるくらいなら死んだ方がマシって思うよね。少なくとも、神家では美女と野獣のようなわけにはいかなかった、と。龍神は、求婚を拒まれるたびに怒って生贄の女性を食べてしまってた。
そんなひどいやつが神様名乗っていいのかと思うんだけど。
で、やらかすことがあまりに非道だったから、その龍神にはばちが当たった。大酒飲んで暴れた時に、他のところに落とすつもりだったでっかい
乱暴者の龍神が自爆したことで、神家の席が空いた。チャンス到来とばかりに、これまでは龍神が怖くて近寄れなかった小物がわらわら島に集まったらしい。この犬男もそうだってことね。誰も島の覇権を握れるほどの力を持っていないから、十二の
「で、なんで今頃生贄って話になるわけ?」
「嫌われ者の乱暴者はなかなか娶れないが、端神にはもっと娶る機会がない、千載一遇の機会は絶対に逃せない」
「で、わたしをとっ捕まえたっていうわけ?」
犬男が、小声で情けない自虐を垂れ流す。
「龍神のように大きな力は操れない。そもそも社がないから、俺たちは大きな力を得られないのだ。それでは嫁が来てくれない」
「あんた方は、廃屋で肩を寄せ合うしみったれなのね」
わたしの比喩にぐっさり傷ついたのか、膝を抱いて座り込んだ犬男がすねた。
「そのような侮蔑を口にするのはいかがなものか」
「あ、ごめーん」
十二の端神かあ。十二支って考えればフルーツバスケットの世界だよね。でも端神の間に優劣がないから、機会均等ってことでじゃんけんになった、と。マンガならそろっていい男なんだろうけど、じゃんけんしてる時の様子を見たら、犬男なんかいっちゃんまともで、あとはそろってブサメン。論外だった。確かに嫁取りは難しそうだなあ。
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