そういうことか

 涼くんの眼鏡を拾い、彼と目が合った。


 緑色だ。それも左目だけ。かなり珍しい。


 そういうことか……


 私は全てを察した。


 私が伊達眼鏡だと指摘したときも、「みんなに言っちゃう」とか言ったときも、彼は嫌そうな表情をしていた。


 彼は今まで頑なに眼鏡を外さなかった。髪も長めに伸ばしている。


 この目を隠すためだ。それは眼鏡が伊達眼鏡であること、彼がこれをつけている間は目が普通に黒く見えることからも明らかだ。


 多分この目のせいで、今まで色々と嫌なことでもあったのだろう。


 彼が微妙に冷めているのも、そのせいかもしれない。


 私は何も見なかったことにして、彼の顔に眼鏡を掛け直した。


 そして何食わぬ顔でソファへと戻る。


 別に片目だけ緑色だからと言って、私に彼を蔑む気持ちはない。むしろ綺麗な緑色の目だったと思う。


 でも、彼はあの珍しい目を見られるたびに、何か言われてきたはず。だから、触れられたくないのかもしれないと思った。


 彩乃さんとたかおくんは、お茶やケーキと一緒に、ボードゲームを持ってきた。


「ねえねえ! みんなでこれやろうよ! 面白いから」

「いいですね。そういうの、久しぶりです」


 私は笑顔で彩乃さんに答える。


「ほら、涼くんも! いつまでそんなカッコしてんの」

「いや、自力で脱出不可能なんですけど」

「ごめん、涼くん。今ほどきますから……」


 慌てて縄をほどくたかおくん。


 いつの間にか、二人も涼くんを名前で呼んでいる。私たちの影響かもしれない。


 私と祐美が私服に着替え直してから、みんなでボードゲームで盛り上がった。


 彩乃さんが持ってきてくれたケーキは美味しかった。


 みんなでわいわいと過ごし、夕方に差し迫った頃。


「私そろそろ帰らないと」


 そろそろ門限の時間だ。今日は休日だけど、宮野さんが家にいる。彼は時間に厳しい。


「じゃあ私が送ってってあげるよ。車で」

「えっ、そんな。悪いしいいですよ」

「いいからいいから。どうせ夕飯の買い物も行くし」

「えっと、じゃあ……お願いします」


 彩乃さんの申し出を断り切れず、送ってもらうことにした。


「涼くんと祐美ちゃんもね」

「私は駅まででいいですよ」


 帰り支度を済ませて玄関を出ると、たかおくんが見送りに出てきた。


「涼くん」

「どうした、たかおくん」

「今日は本当にありがとうございます。とても楽しかったです」

「俺もだよ」

「私も楽しかったよ。ありがとね」


 私が笑顔でお礼を言うと、たかおくんは「は、はい」と少し戸惑う。


「たかおくん、祐美には何か一言ある?」

「祐美さん、ちゅきです」

「はあ!? キモいのよ! 言い方が!」

「痛いっ! 痛いです……ありがとうございます」


 今度は祐美に思いっきり頬を引っ張られてお礼を言うたかおくん。


 何かキモいけど超面白い。私はお腹を抱えて笑ってしまった。


 今日は何だかんだ楽しかった。いつものグループで遊ぶのも楽しかったけど、こっちはこっちで楽しかった。何かこの人たち、オタクだしわけわかんないけど。


 外に停めてあったのは白の軽自動車。


 私たちが車に乗り込むと、彩乃さんは車を発進させた。


「先に駅に寄るね」

「はーい」


 数分後、祐美を近くの駅へ下ろし、次は私の家へと向かう。


「涼くんって何か変だけど面白いよね!」

「いやー、彩乃さんほどじゃないですよ」

「そう? 何か気が合うね」

「マジっすよー。今日の彩乃さんのパス最高です」

「まあアイコンタクトってやつ?」

「マジワールドクラス」


 何だそれ。


 助手席に座る涼くんは、先程から彩乃さんと楽しそうに話している。二人は結構気が合うのだと思う。

 彩乃さんの彼への評価も何となく的を射ている。


 ていうか涼くんノリ良過ぎ。何でこの人学校ではぼっちなの? まあ左目のせいなんだろうけど。


 十分程走ると、自宅に到着した。


 私の家は一般のものより大きく、二人は「おお」と驚いていた。


「じゃあね、玲華ちゃん。また遊ぼうね」

「はい」


 彩乃さんの車を見送り、私は門を開く。


 門のそばには宮野さんが待っていた。


「お帰りなさいませ」

「ただいま」


 彼は心配性だ。先程、私が送ってもらうと連絡を入れてから、外で待っていたのだと思う。


 彼は門の鍵を掛け、庭を軽く見回ってから家の中へ入ってくるようだ。


 私は本宅まで歩き、玄関の扉を開ける。

 家に上がると、廊下を進み、奥にある階段へと向かう。


「お帰り。玲華ちゃん」

「ただいま」


 キッチンから出て来たのは、茶髪を後ろで束ね、エプロンをつけた三十代の女性。家政婦の美咲さん。年齢よりも若いし、綺麗な人だ。


「楽しかった? コスプレ大会」


 美咲さんは笑顔でそう言った。


「ちょっと! 宮野さんには内緒なんだからね。そんなの聞かれたら絶対怒られる」

「大丈夫。あの人まだ外でしょ?」

「そうだけど」

「玲華ちゃんも結局着たの?」

「うん。何か無理矢理」

「わー。写真見せてよ」

「じゃあ後でね」


 美咲さんは友達みたいで話しやすい。今日のことを事前に話すと、「何それ楽しそう!」とか言ってた。


「またご飯出来たら呼ぶね」

「はーい」


 二階へ上がり、奥にある自分の部屋の扉を開ける。


 部屋に入ると、戸棚に立ててある写真立てへと近付く。


 写っているのは、金髪の二十代くらいの大人の女性と、同じく金髪の小さな女の子。二人とも笑顔だ。


「ただいま。お母さん」


 お母さんは外国人のクウォーターらしく、髪は綺麗な金髪だった。


 そして、私はそれを受け継いだ。


 お母さんの記憶はあまりないけど、私はお母さんのことが大好きだった。いつもお母さんにべったりだった。


 でも、私のせいでお母さんは亡くなってしまった。


 子供だった私が道路へ飛び出したから、それを助けようとしたお母さんが私の身代わりになった。


 今でもあのときのことが、本当に悔やまれる。


 お母さんのことを愛していたお父さんは、とても悲しんだ。本気で泣いているのを何度も見た。


 私はそんなお父さんの姿を見るのが、とても辛かった。直接言われなくても、責められている気分にもなった。

 

 お母さんが死んで、私もとても悲しかったけど、私には悲しむ資格はない。


 だってお母さんを死なせたのは、お父さんをあんなに悲しませたのは、私だから。


 その後、私は出来る限り良い子に振る舞うようになった。なるべく笑顔で過ごし、学校の成績も上位をキープし続けた。先生の手伝いなんかもなるべくするようにした。


 でも、だからと言って褒めて貰おうと思ったわけじゃない。ただ、お父さんを悲しませないように、お父さんに迷惑をかけないように、しようと思った。


 これ以上、私が生まれなければ良かった理由を、作りたくなかった。


 お母さんが事故で亡くなってから、二度とあんな危険なことが起きないよう、お父さんは門限を定め、執事兼監視役として宮野さんを私のそばに置いた。


 外を歩くとき、彼は私の手を一切離さなかった。中学生になるまでずっとだ。


 そして、監視は今も続いている。


 宮野さんは元々お父さんの昔の後輩。お父さんの会社でも働いており、今も私が学校へ行っている間は、何かお父さんの秘書のような仕事をしているらしい。


 彼はお父さんが最も信頼している人のようだ。それはわかる。彼は厳しくて怒ると怖いけど、基本的には良い人だ。彼もお父さんのことを慕っている。


 宮野さんはお母さんとも昔から親しくしていて、お母さんが亡くなったときも、彼は涙を流して泣いていた。


 彼はお父さんの指示通り、私に危険なことがないよう、ずっと見守ってくれている。


 お父さんの指示を忠実に守る彼は、ときには私の友人を遠ざけてでも、お父さんの言う門限を私に守らせる。


 真人くんや祐美、今までの友達も、彼のことを怖がった。


 私は友達と遊びたいときもあったけど、全て彼に従った。


 だって悪いのは私だから。


 そして、お母さんを失って悲しむお父さんの姿を見てきた私は、人を好きになれなくなった。

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