帰還
「懐かしいなぁ。最後にグロクラに出たのも、もう四年も前かぁ」
ノスタルジーな気分になったココはふと独り言を漏らしてしまう。クラン「フローレンス・サザビー」は最盛期において、「グロウブ・クランズ・ウォー」と呼ばれる年末に行われる「ビッグバン」一大イベントにて三回ほど優勝した経験を持つ、由緒ある所謂強豪クランである。
「グロウブ・クランズ・ウォー」。通称「グロクラ」のイベントに参加するクランは、四種類の競技に出場することになる。
メンバー全員で大会専用ダンジョンの短時間攻略に挑む「タイムアタック・レイド」。代表六人で編成したフルパーティで十体のボスと連続で闘う「ボスラッシュ」。代表三人によるハーフパーティで、五ラウンドの間に攻撃側と防御側に別れて敵を殲滅するかクリスタルの破壊を目標とする「クラッシュ&アナイアレーション」。そして、代表二名のみが参加できる一対一の純粋なPvP ―――プレイヤーVSプレイヤーの意――― で、大会で熱狂的な盛り上がりを見せる花形競技。「ビッグバン」最強プレイヤーの称号を決するタイトルマッチ、「グロウブ・コロッセウム」。
これらの競技で獲得したクランポイントの総合獲得数に応じて上位十クランを決定し、見事に十位以内に入賞したクランはトーナメント式で自らの拠点で敵クランを迎え撃つタワーディフェンス型の最終決戦「グロウブ・ドミネーション」へ参加することになる。
ココが今居るのは、彼女が謎の墜落を果たした地点から海を挟んで南東の方角に確認した離れ小島。かつて、その名を知らない者はいなかったクラン「フローレンス・サザビー」の拠点である「古都オール・ベガス・エデン」の正門。その横に荘厳な印象を放って鎮座するグロウブオーナメント ―――クランの歴史や功績が称えられた記念碑――― をココは真剣に眺めていた。
(んー、戦績と功績に変わりはないか。アップデートの類いでも此処で確認できると思ったんだけれど、やっぱり違う)
オーナメントから欲しい情報を得られなかったココは、視線をぐるりと周囲に向ける。
(元々拠点が在った場所はナール砂漠のオアシス。場所も雰囲気もずいぶんかけ離れてる……。何処かに転移したのだろうけど、拠点ごと転移するなんて聞いたことないなぁ。まぁ南国ってのは悪くはないかもだけど。やっぱり流行りの異世界もの的な……?)
ココは思案を一旦頭の隅に追いやり、白い岩石質の三メートル程の塀に設けられた、まるで古代の神殿にでもありそうな門の巨大な扉をゆっくりと開けた。
「おお、なんとっ!」
「なッ!」
全能の塔を中心に広がる拠点の景色はココもよく知るものであり、小一時間前に「ゲーム内で」訪れた場所でもある。しかし、ココの目の前には現れたのは、驚かざるを得ない者達の姿があったのだ。
「これはこれはココ様! お帰りなさいませ! 今日は何と素晴らしい日でしょうか! 皆、ココ様のご帰還を心から願っておりました!」
先頭には初老の男性。揃えられた白髪と同じ色の立派な髭をたくわえ、着こなしている燕尾服の上からでも分かる筋骨逞しい体格の良さ。フローレンス・サザビーの執事長であり、家令のクラン専属NPCのジィヴス・マイヤーであった。
ジィヴスの一礼に、後ろに控えて武器を身構えていた六人の女性 ―――それぞれが異なったキャビンアテンダント風の衣装を身に纏うジィヴスの直属の部下という設定。タワー・アテンダント「
「喋ってる!」
「ココ様、どうかなさいましたか?」
ビッグバンの世界ではNPCが口を開いて言葉を発する事はなかった。その驚きからココは大きく動揺していた。そんなココの様子をジィヴスはどう捉えたのか。
「ココ様はひどくお疲れのご様子。無理もございません、二年もの間お戻りになられなかったのですから。リサ、皆を率いてすぐに戻り、主であるココ様を労いになる準備を整えなさい」
一礼し、了解の意を示す
「かしこまりました、ジィヴス様」
「ちょちょ、ちょっと待ったぁ!」
ココは慌てて、身を翻そうとする彼女達を制止させてジィヴスに質問を投げる。
「まず、状況を確認したいの。ジィヴス、先ほど私が二年帰らなかったと言っていたわね」
「左様でございます」
「貴方が覚えている、私の最後の記憶を教えて欲しい」
「畏まりました。私の覚えている限りでは、ココ様は全能の塔正門にてカメラをお使いになり撮影を行っておりました。その後、何処かへ転移されたと記憶しております」
ジィヴス曰く、ココが転移したその直後、大きな地震と時空系スキルに近い巨大な力を感じ、気が付くとオール・ベガス・エデン全域が島の上に在ったらしい。
そして、そこから二年もの間、メンバーが技巧を凝らし作り出したオール・ベガス・エデン専属のNPC達はこの地から出ることなく、侵入を試みた外部の者を何度か排除し、主であるココがいつ戻って来ても良いように維持管理に務めていたという。
「時空系の力。転移したのは間違いないみたいだけど、周囲の土地へ偵察などは行ったの?」
「はい、海底を含めました半径一キロの範囲で偵察を行いましたが、集落などの人工建造物やダンジョン、また強力なモンスターなどは確認できませんでした。その後、フロアマスターの皆様方と私を含め協議したのです。ココ様の捜索をという声が多かったのですが、結果としましては、これ以上は主の命令無しに外部と接触するのは危険だという結論に至り、オール・ベガス・エデンの守護を第一に考え務めて参りました」
「なるほどね。ここへ侵入しようとしてきた外部の者っていうのは具体的に?」
「はい、一つ目は侵入者というよりは迷いこんでしまったモンスターでございます。この辺りでは稀にキングシザークラブが出現致しますので撃退をば。二つ目はここ最近の話でして、海賊と思われる輩を三度ほど撃退致しました」
「初心者でも楽に倒せるキングシザークラブが生息しているということは、より強敵になりそうなモンスターは居なそうね。現状は情報が少なすぎるから一応警戒は必要だけど。それに海賊……ね。それはプレイヤーなの?」
「恐れ入りますが、人間であることは確認できたのですがプレイヤーと呼ばれる存在かどうかは判りかねます」
「分かったわ。ありがとうジィヴス」
「とんでもございません」
(全然分からないんだけど、一先ずは落ち着いて今何をするべきで、何をしなければいけないのかを考えて、多くの情報を共有するべきね)
「ジィヴス、最後に一つお願いをしても良い?」
「何なりとご命令下さいココ様」
「今から地下80階層のクレアル神殿にフロアマスターとタワーアテンダント全員を召集してくれない? 念のため、拠点の周囲に最上級の防御魔技と拠点隠蔽の幻術張って、姿を隠せる能力に長けた者と遠視に長けた者を見張りに立てて欲しいんだけど、頼める?」
「かしこまりました」
NPC達は全員揃って深々と了解の意を込めた一礼し、各々散るように去って行く。
ビッグバンでは、NPCは設定されたコマンドに基づいた行動しかできなかった。まして、自ら言葉を発し、考えて動くということはない。現在の技術では、NPCそれぞれに設定した性格などを反映することは不可能だろう。できたとしても、ゲームの中に数え切れないほどいるNPC全てに高性能のAIを反映させるとするならばどれほどのデータ量になるのか想像もつかない。
(クラン専属NPCの詳細な設定はあくまでも個人で考えた設定のはず。ビッグバンでの能力と設定が全て活きている異世界に来てしまったと考えるなら辻褄が合う……けど……)
ココは思考がパンクしそうな脳を休める。クレアル神殿に赴くために右腕のグローブの下、人差し指に装備している拠点内を自由に転移できる指輪「フローレンス・サザビーリング」を起動した。
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