トリックスター ～最弱職業の中で最強と呼ばれた盗賊～

プロローグ

数あるフルダイブ型のオンラインゲームの中でも群を抜いて人気を博したFDMMORPG「Big Bang ―ビッグバン―」。

　近未来化政策が進む日本において、今まで競合することはあっても手を取り合うことがなかった大手三大メーカーが共同で開発し、最初で最後の奇跡と呼ばれたフルダイブMMOである。

　フルダイブとは前技術であるVRを進化させた最先端技術で、専用の機器を装着することで仮想世界に五感を反映し、まるでそこで生きているかのような感覚を覚えることができるものだ。

　元来、この技術は医療現場の技術改革の中で研究されていた。しかし、三度目の世界大戦の中で軍事転用され、多くの人の命を奪う結果になってしまった。戦争終結後、開発者である研究者たちは心を痛め、子供たちに明るい未来をという思いから奔走し、現在ではFDといえばゲームというほどに広く一般に認知されている。

　そんなFD技術が世に普及し二十年。FDMMO史上最高と呼ばれるゲーム「Big Bang -ビッグバン-」が誕生した。「ビッグバン」が人気を博した大きな理由としては自由度が高すぎることである。本来のRPG要素に加えて、決まった範囲ではあるが所謂Modやプラグインの導入から、知識や技術さえあれば自身の作ったプログラムをゲーム内に反映させることができる。特にクリエイトモードにおける拠点製作やアバター、武器スキン、従属NPCの外装変更などは多くのクリエイター達が知恵と技を競い合った。

　また、本来のRPG要素の部分である職業は千種類を超え、種族やスキルを組み合わせると意図せずに同じキャラクターを製作することは不可能なほどである。

　しかし、多くのゲーマーやクリエイターを楽しませた最高のゲーム「ビッグバン」であったが、誕生して１５年目という歳月を伏し目に、世界中に大勢のファンを残してサービス終了を控えているのだった……。

　「ビッグバン」歴１０年のコアビッガー ―――ビッグバンプレイヤーのネットスラング――― の「明日未来（あすかみく）」は、サービス終了を目前にメインキャラクターとサブキャラクターを合わせて３人を同時にログインさせ、自身が長を務めるクラン ―――プレイヤーメンバー7人以上で結成できる組織――― 、フローレンス・サザビーの拠点である「古都オール・ベガス・エデン」の敷地内で記念撮影を行っていた。

　「よし、この配置は映ばえるねぇ」

　自身のメインキャラクターである「ココ」のエモーションポーズを丁寧に決めてから、明日未来あすかみくは悲しみとも寂しさともとれる短い溜息をひとつ吐く。

　「最後だし、本当はメンバーの皆で撮りたかったなぁ」

　かつての所属メンバー数が32人に上ったフローレンス・サザビーであったが、結成して10年という月日の中で明日未来を残して全員が引退していた。その中でも最終日の今日になって幾人かはログインし、軽い挨拶を交わしに来てくれたのだ。また一緒にゲームがしたいという本音の部分は叶わないが、忙しい中わざわざ来てくれたメンバーに未来は深く感謝していた。

　「ビッグバン」を始めた当初、高校生だった未来も今や社会人であったが、クランメンバーも同年代が多く、皆進路を決めてそれぞれの道を歩んでいったのだ。

　明日未来は視界の右下に表示されているコンソールを開き、かつてクランメンバー全員で討伐したグロウブ級 ―――ゲーム内最高位の総称――― ボスを背景に撮影したスクリーンショットを選択し、感嘆に浸りながらぼんやりと眺める。次いで、メンバーリストを開いて、目の前に浮かんだ全員の名前を思い出を噛み締めるようにゆっくりとスクロールして、メンバーの名前の表示色が白から黄色に変わっている最後の六人で手を止める。

　「リナチーさん、まさかさん、シグさん、マノちゃん、千ぃちゃん、ココ…」

　ギルド結成時の初期メンバーである6人。当時、操作方法もよく分からず右往左往してフリーマーケットの露店街で悪質なプレイヤーに絡まれていたところを助けてくれた5人。知識を貰い、冒険し、時には喧嘩し一緒にクランを立ち上げた5人の冒険者を開いていたスクリーンショットごしに見つめる。

　「…もうそろそろ時間か」

　時刻を確認したココはコンソールをそっと閉じて自身のキャラクターたちを惜しむように一瞥し、カメラを用意すると「ビッグバン」で最後となるスクリーンショットのシャッターを切った。