イノリノオワリ

第16話 虎殺し

さらに同時――北の山。

そこでは既に、戦いが始まっていた。

「そろそろ死んでいただけませんかねぇ……!」

「いやいや……、ただ殺されるだけの処刑かと思っていましたが生き残る機会をいただけたので……。せっかくだから、生き延びてみようかと」

合獣鵺対羅世蘭。

合獣の刀身が蛇の様にうねった刀、「蛇腹じゃばら」の一撃を、羅世蘭は後ろに下がることでかわす。

鬱蒼と緑の茂る森の中、道場などの平らで動きになんら支障のない場所というわけでは決してない。

しかし、2人の忍はそんな事は全く眼中にないというように、木々の合間をすり抜け、でこぼことした地面を蹴り、攻撃を繰り出し、そしてかわす。

障害物の多い森の中、今の所武器を見せようとしない、徒手空拳のみで立ち回る羅世蘭の方が優位に思われるが、しかし合獣の太刀筋はうねるように木々をすり抜け、羅世蘭の急所を狙う。

(いやらしい……、だが、素晴らしい技のキレ……。銅駝といい、死流山といい……、本当に化物揃い……)

(……私の「紛い物」の技でどこまで通用するか……。まぁ、試してみましょう……)

「……たしか、こうだったはずです……」

羅世蘭は下がるのを止め、手近にあった木を蹴り、地面と垂直方向に右にとんだ。

「あぁ?逃げんのかぁ?」

合獣の視線が羅世蘭を追う。

しかし、その先に羅世蘭の姿は無かった。

あったのは、小さく振動する木。

ぐわりぐわりと徐々にその振動は弱まり、やがてピタリと止まる。

(……どこだ……?)

合獣は場の「空気感」から、羅世蘭が逃げたわけでは無いことを悟った。

周囲を見回す。

前方、後方、左右……。

そのどこにも、羅世蘭の姿はない。

(……何だかな……。この感覚、見覚えがある……)

感覚の見覚えとはおかしな話だったが、合獣はつい最近、これと同じような状況にある人物を見た気がした。

一瞬で死角に回り込み、急所狙いの一撃を叩き込む。

全ての物を足場とし、空間を縦横無尽に駆け回る、忍術をーー。

「づあっ!!」

気付いた。

ほとんど反射的に、左腕を上げ、合獣は頭部を守った。

蛇腹を持った右腕では、おそらく間に合わなかったであろう。

そしてその左腕の真ん中に、ちょうどめり込んでいたのは、羅世蘭の固く握られた左拳だった。

一瞬、羅世蘭と合獣の目線が交わる。

羅世蘭はこの一撃を止められたのが意外だったのか、少しの時間大きく目を見開いていたが、すぐに風の様に消えた。

何の重みも無くなった左腕を戻しながら(骨は幸い折れてまではいないようだった)、合獣は確信する。

(何故かはわかりませんが……、今のは銅駝の「無地流」……。羅世蘭かれは、その目で見た忍術を使う事が出来るのか……?いや、それはさすがに……)

ガキッ!と、合獣は今度は右側からきた攻撃を、蛇腹の刃の腹で受け止める。

(……銅駝のものとは速さも数段落ちている……。それに、足場に出来る物も銅駝ほど多くはないようだな……)

小さくても、推測だが成人した男の広げた手くらいの面積が、羅世蘭の無地流の限界の様だった。

それでも、十分脅威ではあるが……。

(……これは、「交代」した方が良いかも知れませんねぇ……)

合獣は飛び回る羅世蘭の攻撃を掻い潜りながら、自らの忍装束の下からあるものを取り出す。

それは、細かく畳まれたなにか棒の様なものであった。

「頼みますよ「猿羅さら」……。あなたの出番です」

そう言うと合獣は蛇腹を鞘におさめ、忍装束の下から取り出した塊を、勢いよく振るった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る