第105話 と、と、蜥蜴の尻尾切り~♪

 一夜明けた翌日、敵勢を偵察していた騎士国及びゼファルス領軍の斥候騎兵らが糧食を居残る同輩にたくし、各陣営へ帰還しようと馬首を反転させていた頃、またしても帝都ベリルの議事堂には渦中の人物を除く主要な皇統派貴族がつどっていた。


 公爵位の宰相たるクリストフの命令により、戦地に潜んでいた間者らが伝書鳩で知らせてきた第一報及び第二報はかんばしくないもので、重厚なかしのテーブルへ着いた面々は重苦しい空気をまとっている。


 その中で一人ほうけているのがハイゼル卿に強く賛同し、自らの戦力まで動かした比較的に年若いエイドス伯爵のイェルクだ。


「…… 当家の巨大騎士ナイトウィザード隊が、壊滅した? 指揮を執っていた騎士長のベルトランは無事なのかッ!?」


 我に返って怒鳴る相手に対して、これも自身の仕事かと割り切って、派閥の領袖りょうしゅうを兼ねる宰相公爵がつとめて冷静に言葉を紡ぐ。


「その騎士侯がけいにとって無二の友であり、奥方の兄君だと理解しているが、生存を期待するのは難しい状況だ」


 手元の羊皮紙を見る限り、隣国を治める苛烈な騎士王との戦闘で転移脱出ベイルアウトの余裕もなく、重装騎グラヴィスの胸郭装甲ごと操縦席を圧壊させられたとある。


 希望的観測は捨てて現実を見たなら、動力制御を担う魔導士諸共、原型を留めない姿になっている事だろう。


 幾分か遠回しに伝えられたクリストフ宰相の指摘を噛み締め、低く呻いたイェルクが隠せない動揺と敵意の籠った眼差しで、同胞はらからたちが座る席の一角を恨みがましく睨んだ。


「ぐうぅッ、ヘイゼン卿… 貴方は帝国の内輪揉めに騎士国が介入する事はないと言っていたな! ところがどうだッ、私の麾下きかは奴らに壊滅させられたぞ!!」


「あくまでも可能性の話だよ、断言などしていない。それに経緯はどうあれ、女狐と一戦まじえる判断をしたのが貴殿である以上、責任転嫁はできないと愚考する」


 僅かに肩をすくめて、異形種を押し留めるニーナ派の西方三領地に近しい封土を持つ侯爵が言い切り、非難されるわれはないとうそぶく。


 自身の見立てがはずれたにもかかわらず、冷淡な態度で済まそうとする同胞はらからに皇統派の一部は厳しい視線を投げるが、異議を唱える者は存在しない。


 彼らとて損得勘定の果てに麾下きかを温存し、ゼファルス領侵攻を目的とした討伐軍に参加させるのはひかえて、騎体や支援物資の提供にてっしていたからだ。


 つまり、同じ穴のむじなであって、ヘイゼン卿を強く責められる立場にないため、微妙な沈黙が降りてしまう。


「近親者や配下達を失った気持ちは理解できる。ただ、此処ここで議論すべき懸案けんあんでもなかろう」


しかり、建設的な話をしたいものです」

「申し訳ない、私も同意見だ」


 最年長のアルダベルト老が意見を挟み、他の皇統派貴族らも同意した事で、まだ言い足りない表情のイェルクは短い葛藤の末に言葉を飲み込んだ。


 その様子に内心で軽く安堵したクリストフ宰相が気を取り直し、前以まえもって用意していた次善の策に繋げようと皆へ語り掛ける。


「様々な想いはあるだろうが、“滅びの刻楷きざはし” の侵攻もある。いたずらに帝国内を混乱させたくない。不本意ながら稀人まれびとの女狐と交渉の席を持ち、互いの矛先を収めるのが肝要だ」


「失態を犯したハイゼル卿は見捨てるのじゃな?」

「誰かが責任を取らねばならんのだよ、老翁ろうおう殿」


 言わずとも知れた暗黙の了解をわざと口外して明言させ、同胞はらから達の認識を固めた上で深いしわを刻んだ重鎮は再び沈黙し、軽い仕草だけで続きをうながす。


 この時点で狐狩りを主導した本日の欠席者が失脚するのは確定となり、事態の収拾に向けて仔細しさいめられていく。


「先ずは旅団規模の戦力をさせて、護りが手薄となっているリゼル騎士国にを掛けたい。地理的に近しいリンデンバウムの軍勢を動かす事になるが……」


 少し間を置いた宰相侯爵から無言の問い掛けを受け、くだんの領土を代々ほうぜられている伯爵位の貴族が嫌そうな顔で逡巡し、せめてもの抵抗とばかりに口を開いた。


「地続きの間柄で交易等の付き合いもあります。余りに深い遺恨を残さないため、本格的な戦闘は回避して良いのと、財政支援が得られるなら留守を任せた行政官に指示しましょう」


「それで構わない、此方こちらの思惑を受諾させるための脅しだ。必要経費については私の宰相権限を使い、国庫金の一部を持ち出そう」


 ゆえに心配するなといさめ、幼い皇帝陛下に騎士国への進駐を嘆願たんがんすることも約束して、および腰な相手の首を縦に振らせる。


 かなり強引にまかり通した心苦しさがあるようで、クリストフ宰相はらしくない溜息を吐いた後、やや思案してからアルダベルト老を見遣みやった。


「一度、動向を読み間違えたヘイゼン卿に頼むのも気が引ける。老翁ろうおう殿には騎士王の陣幕まで御足労ごそくろうして頂きたい」


「ふむ、皇統派の軍勢が国境を越え、最寄もよりの小都市近郊へ進駐する準備を始めた事に併せて、女狐との交渉を仲介して欲しい意図も伝えるのか… 悪くない手だ」


 自国の市民に生命や財産上の被害を生じさせてまで、隣国がゼファルス領軍を支援する理由は思い当たらず、騒乱の終息に結びつく提案を蹴るとも考えがたい。


 さらに打算的だが義理堅いニーナ・ヴァレルの性格を考慮すれば、二度ほど窮地きゅうちを救われているため、騎士王の言葉を軽々けいけいに扱うことができない筈だ。


 首尾よく皇統派側に取り込めた場合、ベグニッツ近郊にける敗北の影響を最小限度に留められると判断した老翁ろうおうは頷き、宰相侯爵の願いを承諾する。


 大筋が決まってからも、幾つかの部分で皆の意見をわせ、取り急ぎ開かれた派閥の会合は解散に至った。

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