第62話 陛下、それは自爆…… もとい、やり過ぎというものです by フィーネ

 夜分ではあれども駆動音に引き寄せられ、時折通りに面した建物の窓から好奇を含んだ視線を向けられる中、騎体ベルフェゴールを闊歩かっぽさせて首都中心部まで向かう。


 途中で待ち構えていた衛兵達に城郭外縁の駐騎場まで誘導され、数時間振りに操縦席から昇降用ワイヤーペダルに足を掛けて降りると、公国側の文官らしき女性が近寄ってきた。


「ようこそヴェルンへ、此度このたびは援軍要請に応じて頂き感謝の限りです」

いては自国の為だからな、余り気遣きづかわれると心苦しい」


「ふふっ、リゼルの騎士王は噂通り愚直な方ですね。宿泊して頂く兵舎に私も控えておりますので、御用の際はこのミランダに遠慮なく申し付けてください」


 薄く微笑んだ彼女に首肯したところで、傍まで来ていたゼノス団長が正に遠慮なく野太い声を掛ける。


「有難い、実は此方こちらでの夕食を当てにして、まだ食べておらんのだ」

「うぅ、義父おとう様…… もっと言い様があるでしょう」


「構いませんよ、厨房に料理人を待機させていますので、何か暖かいものを用意いたします」


 快く応じてくれた彼女は素早く瞳を動かして、自騎から降りて集合してきた皆の人数を把握の上、衛兵の一人に細やかな指示を出す。


 隣で傾聴けいちょうしていたレヴィアが“やった”と嬉しそうに呟くのを聞き流し、無視できない程に大きくなってきた車輪と石畳が鳴らす音へ振り向けば、駐騎場に乗り入れてくる二頭引きの馬車キャリッジが視界に入った。


「どうやら貴国の駐在官殿も戻られたみたいです」


 ミランダ女史が言う通り、滑り込んできた馬車には清和源氏第三代騎士王の家紋を西洋化した騎士国の紋章が刻まれており、首都防壁で出迎えてくれたザイゼルが扉を開いて降りてくる。


 主要な人員がそろったという事で魔力灯の明かりが漏れる兵舎の階段室ステアケースへ移動し、各自適当な部屋に入って身軽になろうというだんになり…… 銀髪碧眼の魔導士エレイアの発言が物議を醸す。


「私のことは御気遣い無く、お兄様と同じ部屋に泊りますので」

「え゛、でも間借りする部屋のベッドは一つだよね?」


 事前の説明だと用意された二階の区画は専属騎士及び魔導士専用であり、全ての部屋が個室となっているため、疑問を呈したレヴィアは正しい。


 ただ、そのやり取りに騎士団の面々が注目するにも拘わらず、渦中のロイドは爽やかに言ってのける。


「別に珍しい事でもないさ、偶に僕のベッドへ潜り込んでいるからね」

「冬場とか、先に寝床を暖めておくのです♪」


「何やってんのよ、あんた達……」


 若干、引いた様子でルナヴァディス兄妹から離れた琴乃に対して、勝ち誇った表情を浮かべたエレイアに呆れていると、騎士軍装の袖を軽く引っ張られた。


 何事かと向けた視線の先、悪戯っぽい仕草で赤毛の少女が小首を傾げ、ここぞとばかりに揶揄からかってくる。


「ね、クロード♪ 私達も一緒の部屋にする?」


 此方こちらが戸惑うと思ってレヴィアが身体を摺り寄せてきたものの、生憎と頻繁に同衾どうきんしてくるイザナのお陰で様々な耐性は獲得済みだ。


「あぁ、柔らかい人肌の暖かさは悪くない」

「はぇ!? ち、ちょっと待って!」


 意趣返しに隻眼の魔術師サリエル直伝の手管を用い、自然な動作で彼女の腰に腕を廻して引き寄せ、胸元にすっぽりと抱き留める。


「はうぅ…… 駄目、皆が見てるよぅ」

「大丈夫さ、冗談だからなッ」


 種明かしと共に赤毛の頭をポフり、真っ赤になったレヴィアを腕から解放したのだが…… 何故か俺にも琴乃の冷たい視線が突き刺さり、反応に窮する一同に気付かされてしまった。


 微妙な空気が漂うこと数秒、フィーネが可愛らしく咳払いして場を取り持つ。


「陛下、それは自爆…… もとい、やり過ぎというものです」

「すまない、退き際を間違えてしまった」


「むぅ、仲良きことは……」

「その台詞は要らないぞッ、ゼノス」


 何やら出立前に耳にした言葉が騎士団長から聞こえてきたので、みなまで言わせずに遮った。


 改めて客観的に考えれば魔術師長レヴィアの父やイザナの御付き魔術師姉代わりに目撃された場合、書類仕事を上乗せで押し付けられたり、空き部屋に拉致されて矯正指導を受けたりする事は必定。


(…… らしくない振る舞いは避けるべきだな、後で詫びよう)


 俯いて黙り込んだ赤毛の少女を見遣みやりつつ、ひとり自戒している間にも皆が動き出して、上階の好きな部屋へと散っていく。


 此処ここに残っていても仕方ないので足を踏み出そうとしたら、レヴィアに上着の裾を掴まれ、何処か恨めしそうな表情を向けられてしまった。


「………… “蜂の巣箱ワッフェル・ボックス”の焼き菓子を所望」

「分かった、それで手を打とう」


 ささやかな帰国後の約束が出来たのを心に留めながらも兵舎の二階へ上がり、適当な部屋の扉を念のために叩いて、誰も居ないのを確認してから室内に入る。


 そこで剣帯や軽装の防具などを外してかろやかになり、階下の食堂に集まって皆と遅めの夕食を取った後、士官部屋に備え付けられた簡素なシャワーを使わせてもらう。


 早ければ明日、遅くとも明後日には戦闘となるため、余計な間を入れずにベッドへ潜り込み、意識を手放し掛けた頃合いで…… 恐らく面識が出来たばかりの相手の気配を廊下側に感じた。

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