第46話 この世界と私を愛してくれますか? By イザナ

「美味しい、それに何度か口にした事があるなつかしい味…… でも、どうして此処ここを選んでくれたのです?」


「見栄を張らずに言えば、サリエルが手配してくれたんだよ」


 さらりと自然な形で内情を一部露呈しておき、俺も焼き立てのワッフルに舌鼓したづつみを打つ。ふわりとした生地と蜂蜜&生クリームのバランスが丁度良く、イザナが幸せそうな表情になるのも頷ける逸品だ。


「ふむ、ゼファルス領の菓子にも引けを取らないか……」


 種類の豊富さでは領主ニーナの積極的な支援を受けたドイツ菓子に叶わずとも、個々の品目だと十分に太刀打ちできるのかもしれない。


 その事実に少々感心していたら、先ほどの独り言に反応したイザナがジト目を向けて来た。


の領地から帰還したレヴィアが付けていた銅革製ブロンズ&レザーの指輪、私を気遣きづかって自身で購入したと話してくれましたが…… 本当はクロードが送ったものですね?」


 状況的にロイドが妹に可愛らしいチョーカーを、俺はイザナに銀細工のバングル型カフを購入した手前、レヴィアだけ除け者にしないと考えたのだろう。


 確信と共に翡翠ひすい色の瞳を向けてきた彼女に嘘偽りなど並べるつもりは毛頭なく、誠実かつ素直に頷いておく。


「日頃の感謝と信頼を込めてな……」

「それで左小指用の指輪ピンキーリングなのでしょうけど、彼女は貴方に気がありますよ」


「薄々は勘づいていたが、やはりそうなのか?」

「専属騎士と魔導士は多くの時間を共有しますから、惹かれ合うのでしょう」


 その件に関しては先王の愛人サリエルから厳重注意を受けていたものの、流石に同じ騎体に搭乗して戦場で生死を共にすれば、互いをおもる気持ちは徐々に大きくなるものだ。


 ただ、父王と姉代わりの人物が持った肉体関係を亡き実母への裏切りととらえ、心を痛めていたイザナに理解を求めても、全て言い訳にしか聞こえない可能性が高い。


 故にどうしたものかと逡巡していると、落ち着いた様子の彼女が先に言葉を切り出す。


「既にサリエル本人から聞き及んでいると思いますが、お父様との関係を認めなかった事…… 私にも呵責かしゃくと後悔があります」


 真摯な態度に横槍を入れるなど論外なため、此方も襟を正してイザナと向き合い、続く言葉を聞き逃さないように傾注する。


「何処の馬の骨とも知らぬやからでは無く、幼馴染みのレヴィアなら構いませんよ。魔術師の名門であるルミアス家の出自ですので、側室に迎えてもいなやは無いでしょう」


「有難く心に留めておく…… 個人的には一途で在りたいと願うけどな」

「ふふっ、期待させて貰いますね」


 柔らかな微笑に照れて誤魔化すようにベルギーワッフルを頬張り、口端に付いた生クリームをイザナに手巾ハンカチぬぐわれたりしつつも、暫く緩やかな午後の一時を二人で過ごす。


 僅かに残った紅茶も飲み干し、再び店主の御老人と少し談笑したイザナが王家御用達の許可を確約した後、俺達は本日最後の目的地である西区の丘陵地を目指した。


 近場故にほど掛からず、夕食前の準備で賑わう表通りを抜けて人気が皆無の高台へ至り、沈み始めた太陽が照らす王都エイジアの街並みを見遣みやる。


「ふゎ、夕焼け色に街が染まって凄く綺麗です」

「確かにそうだな……」


 少々気のない返事を返して、艶やかな黒髪が風で乱れない様に押さえているイザナの横顔をうかがえば、振り向いた彼女と視線が絡む。


「? どうかしましたか、クロード」


 可愛らしく小首を傾げる彼女に対してわだかまりを解消すべく、初めて会った時から懸念していた事をただす。


「…… 建前で無く、本心を聞きたい」

「内容次第ですけど、善処致しましょう」


「婚姻は臣民の為とえども、後悔は無いのか?」

「正直、分かりません…… 元より嫁ぎ先を選ぶ立場に無いので」


 返ってきた言葉は十分に納得ができるもので、やはり成り行きで相手に選ばれたに過ぎない自覚を深めてくれるものだった。


(ならば、今の関係性を維持するのみか)


 都合良い解釈でイザナを傷つける事が無いように、暫時瞑目して未熟な自身を戒めていれば、耳にいたわりを籠めた声が届く。


「そうやって皆の気持ちを汲んでくれるクロードの事、嫌いではありませんよ。稀人まれびとの貴方はこの世界と私を愛してくれますか?」


 夕焼けの街並みを背にして、はにかみながら彼女はバングル型カフが嵌められた右手を差し出してきた。


「未だ還りたい気持ちは否定できないが、既に多くの人達と関わっているからな」


 そっと色白な手を掴んで抱き寄せ…………




 背筋を走り抜けた悪寒に従って真横へ飛んだ直後、一瞬前までいた場所を漆黒の魔槍が貫く。


「フム、いろほうケタ愚者デモナイノカ」


 振り返った先には逢魔が時に相応しい黒衣の騎士が一人、不気味な雰囲気を漂わせてたたずんでいた。


「ッ、生命の息吹が感じられません」

死人アンデッドたぐいか……」


 短く言葉を交わす此方こちらなど、どうでも良いかのようにむくろの騎士が一方的に言い募ってくる。


「白エルフ共ノ未来予測デ、余計ナ事ヲシタト責メラレテナ…… 気二喰ワナイノデ退場シテ貰ウゾ、新タナ騎士王」


 異形の言葉に付き合う義理も無いので、此処から離脱する旨をイザナへ小声で囁き、俺は懐に忍ばせた連装式短銃を無造作に引き抜いた。

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