青と赤、そして緑

ふと空を見上げた時、そこに青の群れが広がっていた。でも群青とは違う、それはクレヨンの色に過ぎない。遠くはるかな空は少し色褪せた水色だったり、儚く淋しげな青色と主張の強い紺碧の織りなす見事なグラデーションだったりする。

 

 私の頭の上に広がるのは、果てしなく深い蒼色だ。それは海の色でもある。

 空と海が混ざり合いその境い目が分からないくらいに凛とした蒼色。その蒼色もひとつの蒼から出来てはいない。ほんの少しだけ海に近い水平線の下側は、薄気味悪いほど暗い碧色。水の底からサメが現れてもなるほどなと思うのだろう。

 

 空の青色は、空中で赤が吸収されて残った色なのだけれど。それから太陽が西に傾いていくと、だんだんと地上に青色は届かなくなってくる。その代わりに赤色が降りてくる。

 

 燃えるような夕陽は朱色と茜色の入り混じった複雑な色合い。赤色もひとつじゃない、ひとつの色では成り立たないのが自然の持つ色だ。

 密やかな息づかいの、その日の始まりの色は緋色。そこからどんどん色濃くなった紅色の朝焼けは、太陽のおはようの挨拶の紅色。

 

 日本には四季がある。当たり前だけれど空の色も海の色ももちろん太陽の色も季節によって違ってくる。だから面白いと私は思う。ひとことで言い表せない、複雑極まりない全てが自然の織りなす恩恵なのだろうと思う。


今私の座っている炬燵から、庭の木々がよく見える。

 松の木の緑色は、ああこれが新緑なんだなと思うような、そんな緑色。その向こう側に山茶花の紅い花が濃い翠色の葉の先から垣間見える。

 

 今は冬。

 落葉樹の木はその葉を落とし、丸裸にされた幹が寒そうに肩を寄せあう。

 とは言っても庭に植えてある木なのだから、当然目隠し目的の常葉樹の方が圧倒的に多い。

 

 もう何年もほったらかしの庭木なんて木の名前すら知らない。

 けれど春には全て計算されているかの如く、ツツジが順序よく見事に花開く。

 最初に咲くのは濃い紅色。次に純白が咲いて、それから薄い桃色のツツジが庭で順番通りに花開く。最後に朱色の花が咲く。

 

 そして次は夾竹桃の儚くも優しい紅色の花が長く咲いている。夾竹桃の葉は竹に似た形をしているからその名前がついた。それはとてもしなやかな碧色の葉を初夏から初冬までの長い時間、ゆらゆらと風に揺れている。

 けれどこの夾竹桃の木は、シアン化合物、つまり青酸カリの毒を持つ。その毒は、葉から枝、そして可愛らしい桃色の花にすらも含まれる。その毒は木の根をつたい土壌までも汚す。

 綺麗な花には毒がある。その名の通りではないだろうか。

      

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