転生大賢者の世界革命~のんびり人生の為の世界作り~

風見祐輝

序章 

第1話 大賢者、褒美を断る

 大陸の覇権をかけた最終戦。その火蓋が切られた。


 攻め入る敵軍先鋒隊は総勢2万。その後方には10万以上もの本体を控え、大規模な侵略戦を目論んでいる。

 片や防衛側には、後方に数万の兵を配備しているが、戦闘に参加する様子もない。先鋒を務める隊は僅か100余り。そしてその先頭に立つのは、たった一人の魔導師だった。防壁も防御陣も敷いていない丘の上にただ一人立つ魔導師。

 傍から見れば防衛を諦め、敵の進軍を許容しているようにも映る。もしくは降伏のための白旗を、その手に持つ魔導師の杖に括り付けて振るのだろうか、とも受け取れた。しかしそれは、あまりにも滑稽な言葉から始まった。

 戦場に睨み合う両軍の間に、拡声魔道具による大音量の声が響き渡る。

 それは進軍を続ける2万もの隊からではなく、たった一人の魔導師からのものだった。


『え~っ、敵軍に告げます。それよりも先に一歩でも進軍するのであれば、こちらは容赦致しません。降伏するのであれば見逃しましょう。和平交渉にそちらの大将、若しくは王をこちらに向かわせてください』


 その言葉に敵兵は、嘲るように高笑いした。

 百やそこらで防衛線を張り、わずか一人が先頭に立って馬鹿な要求をしている、と。

 ──臆病者め、笑わせるな! 我らの軍勢に恐れをなしたか、全軍構わず進軍‼

 一度止めた足を、指揮官の号令で再度進める。


「あ~ぁ……やっぱりこうなるのですか……私の交渉が下手なんですかね?」


 魔導師は忠告を無視して進軍してくる敵軍を見て項垂れた。


「でも仕方ないんですよ。死者を最低限に留め、早期解決するには、やはりこれしかないのでしょうかね? 私の目的のためには、この世界が平和になってもらわなければ困るのです」


 そう言って魔導師は、天に向かって杖を高々と掲げ、一言紡いだ刹那、──カッ‼ と戦場は溢れんばかりの眩い光で包まれた。

 天に輝くお日様の数千、数万倍の熱線が進軍してくる敵軍へと照射された。


 しばらくすると、先ほどまで敵軍がいた場所、そこは髪の毛1本、骨のひと欠片すら残らず、黒く焼け焦げた広大な更地が広がっていたのだ。

 開戦から1分も経たずに、一瞬で先鋒隊2万が殲滅されたのだった。


 このあまりにも桁違いな力を見た敵軍は、そのすぐ後、降伏宣言をするのだった。


「はぁ、やっと、やっと終わった……これでのんびりしていいよね?」


 たったひとつの魔法で戦争を終わらせた人物。

 それはこの世界の大英雄、大賢者シリウス、その人だった。



────────────────────────



 長く続いた戦乱の世が、ようやく終わりを迎えた。

 我が国が大陸を統一し、やっと平和な世が訪れたのだ。


「大賢者シリウスよ、此度の働き大儀であった!」


 私は今、王の御前にてお言葉を賜っている。

 多くの戦で活躍する度に、こうやってお褒めの言葉を頂くのだが、それももう今回で最後になることだろう。


「はっ、ありがたきお言葉、恐悦至極に存じます」


 毎度のことなのでもう慣れてもいる。

 後は、少しばかりの褒美をもらい、祝勝パーティーでおいしいものを食べれば終わりだ。そうなれば、いよいよこの王城ともおさらばである。長かった、実に長かった。

 大陸の覇権をかけ、長きに渡る戦乱もようやく終結を迎え平和になった世界。これから私は、念願、大願である、のんびりとした人生を送ることができるのだ。


 そうは言っても、戦乱の世が長く続いたせいで、私も結構な年齢のになってしまった。残りの人生、あとどれくらい私に残されているのかは分からないが、この先はゆっくりと過ごしたい、そう考えているのだ。

 その為だけに頑張って来た。平和で豊かな世界を築くために、国づくりのために研究をし、戦が起これば戦場へとこれまで奔走してきたのである。のんびりとした人生と謳っているだけあり、基本怠け者の私だが、目標の為には頑張る。幾分頑張りすぎた感は否めないが、その頑張りが報われる時が来たのだ。


 平和で豊かな世界になったのなら、もう私は国のために働くこともない。後はどこか静かな場所でのんびりと怠惰に暮らしてゆこう、そう決めていたのだ。


 しかし王は、この後とんでもないことを口走る。


「では大賢者シリウスよ。褒美として其方に公爵位と領地を与えることとしよう」

「……はぁ?」


 私は王の言葉に不意を突かれ、自分でもあまりにも失礼な疑問の声が漏れ出たことに気付いてもいなかった。

 それもそのはず、こんな褒美が貰えるなど、露ほども思っていなかったのだ。


 ──おいおい王よ……それは約束と違うぞ!


 声高にそう言いたかったが、ぐっと堪えた。

 20数年ほど前に大賢者としての称号を頂けただけで満足である、と前々から言っていたのだが、今回はよりにもよって公爵位を叙任すると来た。これには周りの貴族たちも何事かとどよめく。いくら大賢者として数々の功績を挙げているとはいえ、一介の平民が一足飛びで公爵位を得るなど、普通はありえないはずだ。貴族達の反応も分からないでもない。

 公爵位とは王族の身内として名を連ねろ、と言っているに他ならない。それにこれからも国の為に今まで以上に尽力しろ、と暗に言っているようなものだ。それは納得できない。


 そもそも大賢者の称号を貰ったのも、この国を平和で豊かな国にするためだけであって、自分の地位や権力などを欲した訳ではないのである。一ミリも興味がない。

 周辺諸国との戦いを早期に終結させるために戦地に赴きもしたが、大方は大賢者の地位を利用し豊かな国造りの研究をしていただけにすぎないのだ。

 のんびりゆったりとした人生を送るためには、世界は平和で豊かでなければならない。

 自分がのんびりと暮らすためだけの事に全力を注いできた。それに尽きるのだ。

 だから王の言葉に、私はこう答える。


「はっ、謹んでお断り申し上げます」


 全力でお断りした。


「ははは、そうかそう……はぁ? な、なに? 今、断ると申したか? 断ると……」


 私の返答に、今度は王が素っ頓狂な声を上げた。

 王はまさか断られるとは考えていなかったようで、目を丸くして玉座から身を乗り出している。周りの貴族も一層どよめきを強くした。


 それはそうだ。王から爵位を頂戴するのを断る者などいない。いや断ることもできないだろう。王のお言葉は絶対で、命令と同義である。死ね、と言われると、その場で死も確定してしまうほどだ。ましてや一般庶民が、そんな誉れ高い褒美を頂戴するなど奇跡に等しいのだ。それをすげなく断る私は、他から見れば頭がおかしい奴と思われることだろう。

 そもそも今回は、国へ貢献したという名目、褒美として公爵位と領地を寄越すと言っている。それを断る行為は、不敬だと捉えられても仕方がない。王の御心を無下にしたという事で、不敬罪に問われる可能性だってあるのだ。


 だが私も譲れない。爵位など貰ってしまったら、それこそ念願ののんびりとした暮らしができないではないか。王はこの国が大陸を統一したことで、より一層私を扱き使おうと言う魂胆で公爵位を与えようとしているのが明白である。

 だが断る。平和になった今、もう面倒事に自ら首を突っ込もうとは思わない。


「はい、謹んでお断り致します」

「な、何故だ⁉ 公爵位と領地、それに儂の娘との婚姻も用意しておるのだぞ?」


 私は再度、はっきりくっきりとお断りの言葉を述べると、王は狼狽しながらそんなことを言った。

 むむっ、目的のためだけに邁進し、長い年月費やしてきたせいで、私は未だ独身である。故に婚姻は捨てがたい……多少心は揺れる。が、それでも否、断固として断る。

 王の数人いる娘の内の誰が妻になるのかは知らないが、つまりはこの国の王女様と結婚するという事だ。爵位と王女様との婚姻など、絶対にのんびりとした暮らしができそうにない。

 それに貴族間のしがらみや付き合いなどもある。そんなものに煩わされるのはごめんだ。


「謹んでお断り致します。以前お話ししていた通り、今回の戦争を終結した後は、自由にして良いというお約束でした。ですから自由にさせていただきます」

「いや、待て待て! 自由にして良いとは言ったが、褒美を断る理由にはならぬだろう。地位も名誉も金も自由になるのだぞ? 何が不満なのだ?」

「いえ、不満など御座いません。むしろこんな平民上がりのわたくしめに、そのような褒美を頂けるなどありがたくて仕方がありません。ですが地位があるという事は、そこに責任が生まれます。その責任は、私の考える自由とは程遠いいものかと愚考いたします」


 爵位に領地運営、今まで戦争と魔法の研究しかしてこなかった私に、その責任は重荷でしかない。自由とは程遠いいものでしかないのだ。


「なに、優秀な配下も付けるぞ? なんなら数年は宰相を貸してやっても良い。其方は指示だけしていればよい。それでも不満ならば嫁をまだ数人用意しよう。どうだ? これでも不満か?」


 むむむむっ……嫁をまだ数人用意するといった件に、些か心は揺れる。だが断る!

 王は自分の腹心でもある宰相まで貸し出すと言うとは思わなかったが、なぜそこまでして私に爵位を渡したいのか甚だ疑問だ。基本怠け者の私をそこまで買ってくれているのは嬉しいが、それとこれとは別の話である。


「陛下のお気持ち、非常にありがたく思っております。しかしながらわたくしは、平和になったこの世界で、今後は俗世を離れ、どこか片田舎でのんびりと暮らしたいだけなのです。ただそれだけがわたくしの唯一の望みなのです」

「そ、そう、なのか……」

「はい」


 私は毅然として答えた。

 それでも王はなんとか私を繋ぎとめようと、言葉巧みに懐柔してこようとしていたが、私は頑として断り続けた。


 どうして私をそうまでして国に縛り付けたいのだろうか。まったく理解ができない。確かに平和を求めるがゆえに、時には戦争にも参加した。国がより豊かになるように、人々の生活がよりよくなるように、数々の魔法の研究をしてきた。そのお陰で今やこの大陸でこの国よりも富んだ国はない。それにこの大陸の覇権をこの国が手中に収めた今となっては、もう私の活躍の場などどこにもないのだ。

 この平和を継続させ、より豊かになる礎は築いた。後は私ではなく他の者でも十分に維持していけるだろうし、もっと良くしてゆく事だって可能なはずだ。それが私でなくとも。


 名誉も権力も金も必要ない。

 だから念願の、のんびりと、ゆったりとした余生を過ごしたい。そう思うのは自明の理ではないだろうか。


 王は私に是が非でも残ってもらおうと、どんどん褒美の量が増えてゆくのだが、私はそんな甘言には惑わされずに、全てをお断りし続けた。

 最後にはとうとう王も折れ、この件はなかった事にすると言ってくれた。その代わり私も多少譲歩することを要求され、国の危機の時は力を貸してくれ、と、だだそれだけをお願いされた。

 その程度であればお安い御用です、私はそう答えた。


 のんびりと暮らすためには、危機的状況は不本意である。

 その時は力を貸のもやぶさかではない。周りが平和でなければ、自分がのんびりと暮らしてはゆけないのだから。



 こうして王との謁見を無事終えたのだった。

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