境界線のオパリオス

千羽はる

置いていかれた者

名残の夢

 眼鏡をはずす。

 視界がぼやけ、簡素な家具しかない部屋がぼんやりと滲む。


 瞬きをする。部屋が歪む。泡の音が耳の奥で響き渡る。


 現れるのは、あの日の君。



 浮かぶ私。沈む君。



 名残惜しげに頬に添えられた君の手は、びっくりするほど、あたたかい。



 陽炎のように揺らめく、美しい君の髪。

 月光を黒水晶に閉じ込めたような、輝く瞳。



 細められた君の瞳は、薄暗い世界で、唯一、輝くものだった。

 吸い寄せられるような、底なしの瞳。



 でも、君との距離は遠ざかっていく。



 君は沈む。

 違う、私が浮かび上がっていく。



 君が遠くなる。

 違う、私が遠ざかっていく。



 手を伸ばしても、もう届かない。

 君は、薄闇の中に姿を消していく。


 瞬きをする。薄らいだ君の姿が歪む。泡の音が彼方へと遠ざかっていく。


 視界が戻り、簡素な家具しかない部屋がぼんやりと滲んでいる。



 私は、眼鏡をかける。



 君が今どこにいるのか、私は知らない。わからない。



 あの日、君は境界線を越えた。そして、私はこちら側に残ってしまった。



 あの日、境界線を越えかけた私に残されたものはただ一つ。



 ブラックオパールのように七色に輝く異様な瞳。



 あの日以来、この目の色は変化し、視力は極端に弱くなった。



 あの日以来、この目は君の残像を映すことが多くなった。


 何度、日が沈んだだろう。何度、君の瞳のような月が上がってきたことだろう。


 私は君を探し続ける。境界を越えた君。



 私の親友だった貴女。私の家族だった貴女。


 君を見つけられなかった日を超えて、太陽が再び顔を出す。

 私は、ベッドから降りる。君の手のぬくもりを頬に残したまま。


 あの事件から五年。もう五年、経った。


 君だけじゃない。幾人もの人間が、境界の先へと飛んで行ってしまった。


 私は、これからも君を探すのだろう。

 境界を越えたところにいる人々を、私は探し続ける。


 ――私の名前? 

そんなもの、当の昔に捨て去った。

私に残されているのは、肩書だけ。


 それでいいのだと、君と離れ離れになってしまったあの日に誓った。


 人は、私のように境界を越えた人を探す者を「潜行者オパリオス」と呼んでいる。

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