第8章「私のレール」その11


「あら、羽塚くん、奇遇ね」



まさかこんな所で会うとは思わなかった。


今はまさにシャーペンの芯を買おうとしていたところだった。


右隣の座席にいる少女が僕の視界を横切った。



「あっ、ごめんなさい。奇遇ってのは、


思いがけなく出会うこと、意外なめぐりあいを意味するの」


気づけば、平木は僕に気づいて、話しかけていた。



「お前は僕を馬鹿にしすぎだ」



「何でこんなところにいるんだ?」



「羽塚くんの中では私はあなたしか


話し相手のいない根暗な引きこもりなのかしら?」


「いや、そうじゃないのか?」


「殺すわよ」


女の子が言う言葉じゃない。



「羽塚くん、何かあったの?」


「君だけじゃなかった」


「何が」


「悩んでいたのは君だけじゃなかった」


「それはそうよ」


「何の役も立てなかった」




「それは違う」


「実は母と買い物に来てるの」


「以前なら、こんなこと、たとえ青い鳥や四葉のクローバーを見つけたって


あり得ない事だった」



「あの日、一度だけ話した羽塚くんには信じられないかもしれないけど、


私は本当に母を殺したいほど憎んでいた」


嘘だと思った。でも、それを判断したのは僕の経験だ。


この世に育ててもらった親を殺したいと思う子どもなどいない。


でも、どんなことにも例外はある。それに彼女は真剣だった。


そこに嘘なんかあってたまるか。



「でも、わかっていた。親を憎むことは悪いことだって。


母が私を縛るのは私が悪い子だからって、結論がついた。


悪いのにこの世にいちゃいけないんだって」



「でも死ねなかった。


そこで羽塚くんは話し合うべきだって言った。


最初は馬鹿なのか、こいつは、って思った。


けど思い返せば、私は母に反抗したことがなかった。


嫌なことを嫌だとまともに言ったなんてなかった。


私自身が母と関わることを怖がっていただけなんだって」





「もし神様っていう私たちをずっと高みの見物している奴がいるなら、


きっとそいつは羽塚くんを遣わせてくれたんだって」




「ありがとう」



そう言って、平木はノートを持ちながら、レジに行き、


学校の近くの文房具屋を去っていた。


胸が熱くなった。


この熱が僕の瞳から水をこぼれさせた。


それは嬉しさだけじゃなくて、悔しさも混じった数滴の涙だった。

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