第4章「異常の中の普通」その7


こうして僕は今、駅のホームにいた。

 

しかしどこに行くのか


こちとら、二駅分の運賃、百五十円を払っているんだ。


聞く権利は十二分にあるはずだ。


「僕らはどこに向かっているんだ?」


「行けば分かるわよ」


平木はかつての秋山先生と同様に答えをはぐらかした。



僕は別の答えを求めることにした。




「君は、あの場所が一体何なのか知りたくないの?」


「あの場所って?」


「だから、あれだよ、君が悩み部屋って言ってたあの場所だよ」


「ああ、それね」


「…別に」


返す言葉に詰まった。


「逆に羽塚くんはどうして知りたいの?」


がっかりした。


僕の考えが理解されていないことに。


誰もが経験しえないことを味わい、


僕らだけがこの世界から離れたというのに。



だから、言ってしまった。



「逆にどうして平木は知りたくないんだ?」


何を熱くなっているんだ?


「あの場所はこの世界の理をぶっ壊すような、


そんなところだったはずだ。」


やめろよ、知っているふうに語るのは。


「こんなことを知っているのは君と僕くらいのものだろう」


何も知らないくせに。


「もしかしたら、僕らの使命はあの場所について、


この世界の秘密について探ることなんじゃないのか?}



あぁ、まただ。


また、僕は自分のためにイライラしている。



平木は僕の口調に含んだわずかな怒りに


表情一つさえも変えなかったように見えた。



「ずいぶんと衝動的ね」


呆れた様子で、呆れた声でそう言った。


「羽塚くんは暗い人なのに、ある時だけ無駄に熱くなるのね」


「ある時」という指示語が何を指しているのか聞こうとしたが、


それよりも前に彼女の唇が動いたので、ふと止めることにした。


しかしその時、ホームにようやく訪れた電車が平木の声をかき消した。


そして開いたドアが僕らの会話をさえぎった。


僕は降りてくる乗客もいなかったので、車内に足を踏み入れようとした。


彼女はまだホームでなびく髪の毛を抑えながら、僕の後ろからこう言った。


「だって、それを知ったところで、


私たちはここで生きていかなきゃいけないじゃない」


そうして僕らは混み合うとは名ばかりの電車に乗った。


その間、僕は緘黙になったかのように閉じた口を開けられずにいた。

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