第1章「平木尊」その18


放課後、屋上で待つ。


果たし状か?


いろいろツッコミどころがありすぎる。


まさか、屋上に僕を呼び出してリンチでもするつもりなのか?



しかし、筆跡をみると、全体的に丸みをおびているし、書道素人の僕からみても達筆だ。


不良がこんな文字を書けるとは、思わないし思えない。


もしかすると、これは女の子の筆跡かもしれない。


これだけじゃ、いじめなのかどうかも分からない。


そもそも誰が書いたんだ?


そうだ、まずは名前だ。



内容にばかり注意を向けていたけど、


ここで肝心なのは、何が書かれているのかではなく、誰が書いたのか、だ。



手紙の裏の右端だ。


平木尊


...おぉ。


まったく彼女には唯我独尊という言葉がお似合いな気がした。


昨日から僕は彼女に振り回されっぱなしだ。


いや、2週間前からか。


そもそもこれは僕宛のものなのか。



よくよく考えたら、僕の人生で下駄箱に


手紙を入れられる因となった言動なんて起こしたことがないはずだ。


もしかしたら間違えて僕の下駄箱に入れたっていう可能性もある。


キーンコーンカーンコーン。



チャイム音が聞こえた。


やばい、ホームルームが始まる。


宛先と目的が分からない手紙を乱雑に鞄にしまい、廊下を走った。


いつもは律儀に一つ一つ登る階段も


今日は2段飛ばしで1年3組の教室がある4階に駆け上がっていった。


教室の時計を見ると、4分遅れだ。



みんなの視線が僕に集まっている。


高校生活最初の中間テストの話をしていた


秋山先生も僕の突然の登場に少し驚いたようで、少し不機嫌そうに見えた。


たぶん話を途切れさせられたからだろうな。



「羽塚、遅刻か。」


「はい、すいません。ハァハァ」



先生は名簿の僕の出席欄に遅刻をつけようとしている。


最悪だ。


あの時代遅れの下駄箱の手紙のせいだ。


まぁ4分でも遅刻は遅刻なんだから、仕方がないか。



先生は書き始めたペンを止め、二重線を引いた。


「まぁいい、早く座れ」


いい先生だ。


僕はお辞儀をして、自分の席に向かい、座った。


右隣を見ると、昨日と同じ光景だ。


彼女は今日も学校に来ている。


しかし僕の方向を見る気配がない。


やっぱりあの手紙は僕宛じゃないのか。


それとも、違う誰かがイタズラで平木の名前を使ったのか。


だとしたら、タチの悪いイタズラだ。


いや、にしてもだ。


平木を知っている奴なんているのか。


いや、同じ中学ならあり得るか。



それか、本人も承諾した上でのイタズラなのかもしれない。


その可能性も十分に有り得る。


人の厚意を全否定するような奴だ。


僕は授業中も答えの出ない自問自答を心の中で繰り返していた。



昨日と同じように授業が進んでいった。


しかし昨日よりかはスムーズに進んでいる。


僕は反省をしたのだ。


決して右隣を見ずに代わりに僕は自分の世界に入った。


しかし一つの心残りがある。


あの手紙だ。


あの手紙がこの先いったい僕に何をもたらすのかを知る由もなかったのだ。



今日もいつも通りホームルームを終え、帰り支度をしている。


正直、屋上に行こうとは思えなかった。


今日1日平木が僕に話しかけることはなかったし、


本当にあんな手紙を出したのならば


一言言うのが礼儀ってものだろう。



「羽塚くん」



軽い声が僕の名前を呼んだことに気づいた。


聞き慣れない声だ。


しかし僕はこの声の主が誰かを昨日から知っている。


「何?」


「屋上で待ってるわ」



僕が声をかけるよりずっと早く彼女は鞄を肩にかけ、早々と教室を出ていった。


やっぱり君だったのか。


もう行くしかないな、これは。


こんな短い間に考えが180度変わったのは、たぶん生まれて初めてだ。


僕は帰宅する気満々だった心を転換させ、まだ一度も行ったことがない屋上へ向かおうとした。

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