隠されたアトリエと男女Aのアレやコレ
@Mukade95
第1話 奇妙な停電
「…様子が変だ」
「いつものことでしょう?」
「いや。いつもの様子じゃないってことだよ」
…30分前
ここは八王子の山に囲まれた美大。
外は冬の夕暮れで赤く染まり始めていた。
蛍光灯で青白く包まれた教室で、1年生の女子Aと、2年生の男子Aが、大きくてボロボロになったキャンバス布を縫い合わせていた。彼らは今年度最後の課題を失敗したばかり。一枚のキャンバスに、勝手に決められた二人組で絵を描く課題だった。今日がその講評会だったが、朝から不満が爆発した二人は、その大きなキャンバス布を引っ張り合い、割いたり穴を開けたりと散々だった。
そもそも険悪な仲だったために、下書きすらまともに進んでいなかった。
「アホかお前らは!」
「学費で用意したキャンバスをこうも雑に扱うなんて! 理由も言えないのか」
「こんな簡単な課題で留年されても、教員として教務部に顔が立たん!」
「今夜中にキャンバスをどうにかして、適当に作品を描いてみんなに見せろ!」
教授たちからの言われも散々で、二人はとりあえずキャンバスを縫い合わせることにしたのだ。
誰もいないだだっ広いアトリエ。
油絵具の独特な匂いが、二人の薄手の作業着に染み込んでいく。
春休み(寒いので冬休みとも)前とあって、大学は静かだった。
「イタっ!」
女子Aは縫い合わせているキャンバスに、指先の血をつけてしまった。
「針が刺さった」
「血はつけるなよ」
と、男性Aは振り向きもせず、手元で丁寧に縫い糸を操った。
「この前、ホットドッグのケチャップつけてたくせに」
「俺じゃないよ」
「嘘つき。私が拭いたんだからね」
「そりゃどうも」
「こぼしたことを認めるのね?」
「少し静かに作業したらどうだ? ただでさえ帰れるか分からんのに。終わらねーぞ、コレ」
「ここに泊まればいいでしょう?」
「お前、ここの夜をなめるなよ!」
彼は彼女の指を見て表情を変えると、すかさずバンソコウを財布から取り出し、投げた。
「貼って。早く終わらせて帰ろうぜ」
バンソコウを受け取った彼女は、それを指に貼りながら横目に彼を睨んだ。
「…ここに泊まったことあるの?」
「ある。言っておくけど、ここは東京という名の田舎だ。駅まで歩いて20分。タクシーもない。ましてやコンビニなんてないんだぞ。スマホも圏外になりやすい」
「1年も通っていれば分かります」
「2年も通っていれば鞄に飯でも入れてくる。一様これでも俺は先輩だぞ?」
「先輩ヅラする面でもないくせに」
「そりゃごもっともだけど」
彼がそう言い終わるか否か。突然、大学中で停電が起きた。
電気の落ちる音が響き渡り、残っている学生たちのざわめきが微かに聞こえた。
男女A二名はスマホの画面で顔を照らした。
「停電した?」
と彼女が小声で呟いた。
「珍しいな」
「寒いけど外で作業しない?」
「なぜ。スマホのライトで十分だろう」
「暗いの嫌なの!」
「お子ちゃまか!?」
この教室があるのは、第3作業棟と呼ばれる三角柱型巨大施設の4階だった。
特殊なガラス屋根。広間と呼ばれる広い1階のフロアには、シャッターが降りた食堂。地下へ続く階段や、喫煙所もある。
壁には、屋上にかけてスロープ状の螺旋通路が這わされていた。いくつもある教室も螺旋状に配置されいる。もちろん、業務用のエレベーターもある。まるで名画で観るバベルの塔の様に、複雑な柱型迷路だった。
この施設では様々な学科の学生が作業をしていた。放課後作業の学生数人が、様子をうかがって螺旋通路に出てきている。
男女A二名も、同じく螺旋通路に出て施設の様子を見回した。
「どこも真っ暗だな…」
「綺麗。夕日がこんなに差し込むんだ!」
「なに呑気なことを言っているんだ。あと数分で陽が落ちる。施設の電力が落ちるって、レアケースすぎるぞ」
「ならラッキーじゃない。こんな特殊な光景見れたのだから」
「言い方を変えると、エアコンも自販機もWi-Fiも使えないから、ここでサバイバルをしなきゃいけないってことだよ」
「…なるほど」
男子Aがため息をつくと、見下ろしていた広い1階フロアに、守衛の男性がやってきた。遠すぎて豆粒の様に見える。片手を腰に置き、片手のメガホンで皆に報告を始めた。
「ここで作業する学生、および教務員の皆様。ただ今この大学全体で停電が発生しており、原因を探っております。慌てずに、待機してください。なお、エレベーターの使用は禁止します!」
そう告げると、メガホンからノイズをこぼしながら地下へ降りていった。
「こりゃ迷惑な話だぞ」
「仕方ないでしょ。明るいうちに廊下(螺旋通路のこと)で作業しよう」
二人が大きなキャンパスを螺旋通路に持ち出すと、施設の照明が一気に灯った。
「…復帰したみたい」
「良かったな。教室に戻ろう」
結局、二人は教室に戻って作業を再開した。
「あ、血がついてる」
と、男子Aはキャンパスについた彼女の血に気づいた。
「仕方ないでしょう」
「気を付けろよ」
「どうせ何も描くモノないじゃん。縫い合わせたら終わりでしょう?」
「キャンパスに血がついたら、そこにも『理由や意味』が発生するんだぞ!」
「それはあなたの美術哲学。私にはただの血なの!」
「もう少し真面目に取り組め!」
「真面目にやってる!」
「なら白紙のキャンバスに色を載せる行為が重要な事くらいわかるだろう!?」
「どこが白紙よ! ボロボロじゃん!」
「お前がそうしたんだろうが!」
「あなたが引っ張ったから--」
「お前が独り占めしたからだ」
「『お前お前』って、彼氏でもないのに『お前』って呼ぶな!」
「話を逸らすな。お前の悪い癖だぞ!」
「だから『お前』じゃなくて、名前で呼んでって!」
突然、真っ暗になった。再び停電が起きたのだ。換気扇やエアコンが止まり、静けさが増した。
すでに陽が沈み、施設全体が闇に包まれた。
黙る二人。少しの間、暗闇で頭を冷やした。
男子Aが先に、スマホのライトで場を照らした。
「…様子が変だ」
「いつものことでしょう?」
「いや。いつもの様子じゃないってことだよ……まさか」
「…まさかって、何?」
男子Aは彼女を見ると小声で尋ねた。
「お前、地下の不思議なアトリエの噂を聞いたことあるか?」
「不思議なアトリエ?」
「知らないか。俺の学年でもあまり知られてないが、3年前、この大学の地下で創立から今まで誰も気づかなかったアトリエが見つかったんだよ」
「どこ?」
「噂じゃ、この施設の地下だったらしい。でも場所を知っている奴らはもういない。俺が先輩から聞いた話じゃ、誰かが使っていた痕跡があるものの、それが誰だったのかも分からないままだ」
「どういうこと? 部外者の無断使用?」
「いや。正規の学生書や教室の使用許可書は見つかった。でもそこに書かれていた学生の名前や学籍番号、顔写真は存在しない人物のものだった。どうやらそのアトリエには妙な寝台があって、電源のコードが沢山接続されていたそうだ」
「誰が使っていたの?」
「だから、分からいんだってば。電源のコードは生徒が入れない大学の電気室や、自家発電装置に接続されていた。それに人体模型も沢山あった。大学の設備、施設に詳しい人物だったのかも」
「この停電は、そのアトリエのせい?」
「そんな予感がしたんだ」
再び二人は螺旋通路に出た。
そして顔を見合わせた。
「ここだけ停電してる?」
「どうやら、よりによって4階だけ停電したみたいだな…」
彼らのいる階より下は、明かりが点っていた。
次回(予定)
電気の通う3階へ降りることにした2名。
女子Aは男子Aから聞いた噂話について調べようとする。一方、男子Aは奇妙なものを目撃するが…
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