スローライフの鬼！ エルフ嫁との開拓生活。あと骨

80話 新たな戦雲

　人間の築いた国家連合、デロス同盟。

　カルキス半島周辺を勢力とする一大勢力である。

　だが、このデロス同盟は東カルキス聖教国の掲げる聖天教を国教とし、人間の支配域を拡げるために絶えず争いを続けてきた。

　当然、長期間の戦争は人間社会へ人的、経済的に大きな影を落とすことになる。

　皆が平和を渇望していたといってもよい。

　そして、北方に蟠踞した鬼人王との戦いが勝利を迎え、人間は新たな土地に進出を果たした。

　誰もが平和な時代が来ると予感していたのだ。

　だが、その希望を嘲笑うかのように新たな魔王が南方に顕現した。

　新たな魔王は混沌の王を名のり、南方の大森林全域を領土として瞬く間に勢力を築いたという。

　社会全体にはびこる厭戦感情を総主教も無視できず、友好的に接触を図ったようだが上手くいかなかったものらしい。

　魔族に外交を持ちかけて袖にされたことは物笑いの種となり、総主教は大いに面目を潰したそうだ。

　地位を持つものは当代総主教の指導力のなさを嘆き、庶民は新たな戦雲の兆しにうんざりとしていた。

　だが、平和を喜ばぬ者も世にはいる。

　鬼人王との戦役が終わりを迎えたことで暇をもて余していた冒険者たちだ。

　なにしろ、デロス同盟の諸都市は新たな入植地と経済の立て直しにかかりきりである。

　都市間の争いなどに割くリソースは皆無だ。

　当然、傭兵の仕事などもなく、半ば厄介者と化していた荒くれ者たちが新たな魔境（ダンジョン）に飛びついたのは自然の流れであったろう。

　まず、勇者と名高いメナンドロスが一党を率いて冒険に出た。

　だが、これは失敗に終わり、メナンドロス自身も命を落とすことになる。

　だが、この遠征は補給地メナンドロポリスの建設など、一定の成果をみた。

　数度、メナンドロポリスで小競り合いがあったものの、現在同地はデロス同盟が管理するところである。

　しかし、ここで手詰まりとなった。

　大森林の入り口は湿地帯となっており、戦舟など大船が進入できないのだ。

　混沌の王が治める都に至るワーウルフの小王国は関のごとき砦を河口に築いているという。

　湿地では軍の展開も進退もままならない。

　難攻不落といっても過言ではない要害だ。

　迂回しようにも、陸路は広大な不毛の荒野を越える必要があり、大軍での行軍は現実的ではない。

　功名心や欲にかられた冒険者たちが散発的に進入するものの、数人規模から精々が10人ほどの小勢である。

　目だった成果はない。

　そんな状況の中、事態は大きく動く。

　都市国家エーリスの僭主ピュロンが軍を興したのだ。

　ピュロンは同盟内の諸都市にも檄を飛ばし、さらに大々的に傭兵を募った。

　このような行いの背景には複雑な利害関係がある。

　同盟内の都市にも様々なや外交関係があり、それを巡る攻防は時に武力衝突をも含む真剣勝負だ。

　その外交の中で、ピュロンが治めるエーリスは遊泳に失敗した。

　鬼人王討伐の後、数年かけて外交戦を続けたが、なんら利権を獲得できなかったのだ。

　軍事、ましてや遠征は凄まじい出費である。

　出兵はする、利益は得られないでは自国民は納得せず、ピュロンは窮地に立たされた。

　僭主とは正統性ではなく実力で都市国家を治める者だ。

　自国民の僭主に対する眼は厳しい。

　ピュロンの失策は失脚に通じる致命的なものだったのである。

　だが、彼も一角の者である。

　内に不満がある時は外に目を向けさせればよい――政治の鉄則だが、彼はよくこれを理解していたのだ。

　当然、目を向けるべきは新たな脅威である混沌の王である。

　彼は徹底的に国内を煽り『混沌の王が治める地では黄金はありふれた存在であり、全ての食器は黄金製である』『大森林の奥には耕作に適した豊かな土地がある』などと人々の欲望を刺激した。

　それはこれまでの報告に沿った内容であり、一時的ではあるにしろ国民の目先を欲で惑わすことに成功したのだ。

　そして、他の諸都市がやる気がないことをいいことに『外交成果によりエーリスが優先的に攻略する権利を得た』と吹聴した。

　無論、デタラメである。

　だが、独力で成果を出せば独占できるのは間違いではない。

　成果が出せるかは完全な賭けである。

　このような博打は愚かなことには違いない。

　だが、ピュロンは座して待っても失脚……破滅なのだ。

　失脚した僭主など、よくて追放、悪ければ自身はおろか親族も併せて皆殺しである。

　彼には賭けに出ざる得ない理由があったのだ。

　作戦も正に博打である。

　大型の戦舟で一気に人員を運び、湿地を避けた場所で上陸。

　そのまま軍を進めるものらしい。

　今まで大船の上陸に適した土地は発見されていない。

　正に出たとこ勝負の大博打である。

　他の諸都市はバカな話だと一笑にふしたが、万が一ということもある。

　兵士などの人的な支援はしなかったものの舟や食料の物資の援助をした都市も現れた。

　これはいうまでもないが、成功の暁には協力をネタに分け前を要求するつもりなのである。

　ピュロンは不愉快ではあったが、いまは少しでも援助が欲しい。

　彼がかき集めた軍勢は戦舟17隻に人員が3400人を超える。

　だが、これは大半が奴隷だ。

　三段の櫂をもつ戦舟は多数のこぎ手が必要であり、戦闘員は500と少しといったところである。

　兵士千人は超えると思っていたピュロンからすれば少し不満の残る数ではあったが、賽は投げられたのだ。

　17隻の戦舟は様々な思惑を載せてエーリスの港を出港した。

　僭主ピュロンはもはや、保身のために後戻りのできない賭けに出たのである。

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戦舟（いくさぶね）

三段の櫂をもつガレー舟。

古代ギリシアの三段櫂船（トライリーム）に近い構造を持つ。

帆をもち、船首には攻撃用の衝角（ラム）を備えた軍艦。

200人近い乗員数であるが、その大半は水夫や漕ぎ手であり、戦闘員は30人ほどである。

外洋の航海には適さず、沿岸部のみの航行となる。

だが、多数の漕ぎ手による推力はかなりの速度を出すことが可能。