52話 ちょっと苦手なヤツら
「里長、お疲れさまです」
「ん? ヘラルドか。お疲れさん、今日も暑いな」
イヌ人たちがやってきて数日、そろそろ雨季も終わり蒸し暑い夏が始まろうとしていた。
ヘラルドも暑いのか、舌を出して「へっへっへっ」と喘いでいる。
「どうだ? 漁や畑仕事は慣れたか?」
「はい。アニキや先生もよくしてくれますし、地震で建物がボロボロのままだったイヌ人の里よりも楽をさせてもらってます」
ヘラルドがいうアニキとはバーン、先生とはスケサンのことだ。
スケサンはアワの育てかたや投網漁などを教えるので、いつの間にやらイヌ人たちから先生と呼ばれるようになった。
コナンやフローラからも先生と呼ばれているし、定着しつつあるようだ。
「もうじきこの家もできる。コナンが試しに瓦を焼いてくれたから屋根に使ってみるつもりだ」
俺は襲撃に備えて柵の中にいる場合が多くなり、里での作業が増えた。
具体的にはイヌ人たちの家を造ったり、新しく拓いた土地の伐根をしたり、井戸を掘ったりだ。
なかなか忙しいのだが、今回の家はさまざまなことを試している部分もある。
屋根に瓦を使ったり、ドワーフ風に壁土を固めて強度を高めたり、石の代わりに焼いた粘土を使った家もあった。
これらは新築予定の食堂のために新しい工法を試しているのだ。
「この家は何人住む予定だ?」
「年寄りが2人です。息子はオオカミ人の方に行っちまったんで」
俺は「ふうん、そうか」と答えることしかできない。
ここに来ることも含めてイヌ人が自分たちで決めたことだ。
それらの判断は俺がどうこういうことではない。
「こちらの目処がついたらオオカミ人の集落まで道を拓く予定だ。そうなれば行き来も楽になる」
「そうですか! それはありがたい」
ヘラルドは喜んでいるが、道を繋げることはもともとの予定でもある。
リザードマンとオオカミ人の里への移動は曲がりくねった川辺を使う。
道を拓けば移動も楽に早くなるはずだ。
「里長、お疲れさまです。窯から瓦をもってきました」
「今日は川で大きなカメを捕まえました」
続々と外に出ていた者たちが戻ってきたようだ。
律儀にいちいち報告をしてくるのだが、イヌ人は指示をされた仕事をこなすことに喜びを見いだしているように見える。
群れ全体の役にたつのが嬉しくてたまらないようなのだ。
イヌ人たちは働き者で、里の中でさまざまな作業をこなす俺を手伝ってくれている。
単純に数が多いこともあり、今では里のどこを見てもイヌ人が働いているような状態だ。
「そんじゃ、瓦も届いたしこの家を仕上げてしまうか」
「俺たちも手伝います!」
イヌ人たちが続々と集まり、皆で瓦葺き作業となった。
瓦を並べるのは簡単だ。
屋根に細木で骨組みを作り、その骨組みに瓦を固定するだけである。
瓦には鉤のような凸がついており、骨組みから滑り落ちることはない。
「1番上は棒を使って……っと。ほい、完成だ」
最後の棟瓦を設置すると、周囲から「わっ」と歓声があがった。
日はすっかり暮れ、いつの間にか人が集まっていたようだ。
「ありがたい、里長さまが造ってくれた家に住めるなんて」
「地震で潰れた家よりもはるかに立派です。ありがとうございます」
イヌ人の老夫婦が涙を流しながら感謝を伝えてくるが、どうにもやりづらい。
「やめろよ、この里は皆が平等なんだよ。俺は力仕事で役に立つ、年寄りには年寄りの仕事がある。婆さんはナイヨをお産で助けてくれ」
俺はそれだけいい残して「食事に行くぞ」と
感謝の言葉を聞くのが照れくさいのもあるが、俺はつい先日に彼らの同族を3人も殺したのだ。
これ以上聞いたら慕われてるなんて勘違いしそうになってしまう。
「くくく、素直に賛辞を受ければよいではないか。コボルド――イヌ人とは強い者を群れの長として従う気質があるのだ。それは認めてやらねばならぬ」
いつから見ていたものか、スケサンが声をかけてきた。
「従うのが気質ねえ」
「うむ、優れたリーダーが専制を敷く社会は発展する……まあ、リーダーが優れていることが条件ではあるがな。イヌ人はそれを本能的に理解している社会的な種族といえよう」
俺は「ふうん」と曖昧に返事をして
正直、上下関係を作りたくない俺と、リーダーが欲しいイヌ人は相性が悪いかもしれない。
「しかし、人が増えすぎた。少し急すぎる」
「うむ、人が増えるのはよいことばかりではない。オヌシにとって意に沿わぬ者も増えるだろう。だが、それをどう扱うかが器量だ。オヌシは気に入らぬ者を虐げる指導者など嫌いであろう?」
スケサンは「先は長いぞ」と笑う。
里の『先』とはどこまであるのだろうか?
(里が大きくなるってことは家族じゃいられなくなるってことかもな)
いままでのごちゃ混ぜ里は皆が家族同然の関係だった。
だが、その里にイヌ人が加わったことで大きな変化が生まれようとしていた。
☆★☆☆
そして、数日後。
またしても新しい住民が増えた。
「む、新しいスケルトンか」
「そうだ、2体のみだがな。ホネジ、ホネゾウとでも名づけるか」
ある日、
ホネジ、ホネゾウと呼ばれる2人は獣人。
角から見るにホネジはヤギ人、ホネゾウは体格やキバから判断すればトラ人だろうか。
「あー、トラ人は分かるんだが、ヤギ人か……」
「うむ、地震で行き倒れがあったのでな」
行き倒れがあったヤギ人の心当たりがありすぎるのだが、あまり考えないようにしよう。
コナンもフローラも複雑なようで、微妙な表情をしている。
「あー、コイツらもホネイチみたいに育てていけばいいのか?」
「うむ、ホネイチは皆のおかげで面白い成長をしているぞ。これほど感情表現が豊かなスケルトンは珍しい」
これを聞いたホネイチはパカッと口を開けた。
たしかに喜んでいるように見える。
「だが、ホネイチの時はよかったのだが、これだけ里に人が増えると皆が命令権があるのは問題だ」
「あー、たしかに混乱しちゃうよな」
要するに、スケサンの目が行き届かないのだろう。
思えば子供たちがホネイチと遊ぶときにはスケサンがついていた。
だが、3人ともなればそうもいかない。
「そこで、だ。この2
「ああ、なるほど。いいんじゃないか? ホネイチへ指示すれば3
俺の何気ない一言を聞き、スケサンはニヤリと笑う。
「そうだな、3
「ん? よく分からんが……よろしくな、ホネジ、ホネゾウ。ホネイチのいうことをよく聞くんだぞ」
俺が挨拶をすると、2人は無反応だ。
「そうだったな。2人とも右腕を前に、順に俺の手を握れ」
カクリと無機質な動きをするホネジとホネゾウと順に握手をするとなんだか笑えてきた。
「どうした? 」
「いや、ホネイチもこうだったなって思い出したらおかしくてな」
子供たちと接していたためか、ホネイチは非常にジェスチャーが大きく、ひょうきんな仕草も多い。
無機質な人形のようだったとは思えないほどだ。
「ホネイチ、アニキ分として2人の面倒をみるんだぞ」
俺の言葉に応え、ホネイチは口をカクカクと動かし、自らの胸をドンと叩いた。
任せておけといいたいのだろう。
「ホネイチよ、こういう場では剣礼をするのだ。武器をこう、顔の前に立てて直立する」
スケサンが俺も知らない行儀作法をホネイチに教えている。
すると、ホネイチは稽古のために持っていた棍棒を顔の前で立て、直立した。
「うむ、これは武装している時の略礼だ。戦場で名誉ある敵に対したときも使うがよい。オヌシも部下を預かる身となったからには礼法も身につけねばならぬぞ」
スケサンの言葉にホネイチは剣礼で返していた。
その後、里では会う人会う人に剣礼をするホネイチが目撃された。
「な、なんの遊びなんだ?」
「あはは、変なの」
アシュリンやピーターたちも真似していたが……まあ、いいんじゃないかな。
■■■■
剣礼
いわゆるサリュー。
フェンシングとかでも試合前に見かけるアレである。
もともとは西洋の騎士が、剣の鍔本にキスをする動作らしい。
これは当時の西洋剣の鍔と剣身が十字架の形をしていたために神の加護を願ってのものだったようだ。
当然、神の加護を祈る場面で使われ、戦場で刃を向ける敵に対する礼、といった意味合いが強い。
だが、今作品ではスケサンが教えたように敬礼の一種として扱っている。
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