12話 ムカつく女

 建物の外壁はかなり大切なものだ。

 害虫などの侵入を防ぐのはもちろん、風から身を守ることも重要なことになる。

 風を浴び続ければ体温が下がり、最悪凍死だってある。


「と、いうわけでだな。外壁を作ってるわけだが」

「……はあ、どうしました?」


 今日も俺とコナンが家を作っているわけだが、最近こいつの顔しか見てない気がする。


(まあ、狩の組にスケサンをつけるとこうなるんだよな)


 スケサンは鹿の体だがバーンよりはるかに強い。

 だが反面、手がないので細かなことはできない。

 コナンは逆で怪我のために弓や槍が使えず、細かな作業が得意だ。

 そして弓が得意と言い張るアシュリンは俺を避けている。


(せいぜいバーンが行き来するくらいだよな)


 そのバーンも今日は猟に出ている。

 こうして、いつも俺とコナンが組になるのだ。


「いや、なんだか慣れてきたなと思ってな」

「そうですか、土をこねるのは重労働です。よろしければ代わりますよ」


 コナンのいうように壁土に枯れ草を入れてこねる作業は地味できつい。


「そうか、キリのいいとこで代わってくれよ」

「もちろんです。土をこねるのはコツがありますし、もう土も枯れ草もあるから簡単ですよ」


 コナンが一息入れたところで交代する。

 ちなみに土は完成した家の排水溝、草はエルフの里跡から運んだ草ぶき屋根だ。


 柱に沿って張られたツタに重なるように石を並べ、その上に泥状の壁土を置いていく。

 ツタがあるおかげで崩れることや歪むことはなく、ある程度の高さになったら乾かす。

 乾いたらまた石を置き、壁土を重ねていく。


「2人だと仕事が早いですね。この分だと今日中には2軒つくれそうですよ」

「ああ、コナンの仕事と出来映えを比べられたらアレだが……コイツは俺の家にするか」


 さすがにコナンの作業は俺より格段に仕上がりがいい。

 俺が作った壁は自分で作ったから愛着はもてそうだが、他人を住まわせるにはちょっと気がひける。


「はは、狩りができなければ他で働かねばなりませんからね。役立たずだと二度目の追放をされるのはご免です」


 コナンが軽口をたたくが、これは冗談に見せていった本音だろう。

 俺はハッと顔を上げた。


(必死なんだ、コイツは)


 命がけの者が出す一種の凄みを受け、俺はうなじの辺りに寒気を感じた。

 改めてコナンの作った壁を眺めると、その丁寧な仕事ぶりに圧倒される。


「その……そうだ。陶器が作れると言ったな。皮なめしも」


 なんとなく後ろめたくなり、話題を変えて誤魔化してしまった。

 俺がふぬけて半端な仕事をしたのは彼が命をかけた戦場だったのだ。


「ええ、皮なめしには皮を漬け込むための器が必要ですから、まずは陶器ですね」

「そうか、ならば早く家を作らねばな。やることは次から次だ」


 卑劣な心根で戦場を汚すのは恥だ。

 俺は気を引き締め直し、作業を再開した。


「コナン、俺はお前に戦場の借りができた。なんでも望みをいうがいい」


 コナンは「は?」と気の抜けた返事をし目を丸くしている。


「ええと……よく分かりませんが、土をこねるの代わりましょうか?」

「わかった。全力を尽くそう」


 その後、メチャクチャ土をこねた。




☆★☆☆




 数日後、俺たちの家と動物避けの柵が完成した。

 とりあえずの目標は達成したといえるだろう。


「うむ、大きな戦略・戦術だけでなく、小さな作戦の成功を重ねることが士気を維持するのには大切なのだ」

「なるほどな。エルフも『手近な獲物を狙え』っていうんだ。に、似てるな」


 スケサンとアシュリンが楽しげに会話している。

 こいつらは毎日一緒に狩に行くから仲がいいのだ。

 俺だってコナンと仲良くなったしうらやましくないぞ。


「今日から陶器を焼くかまの製作に取りかかります」

「あ、俺は矢を作らなきゃな。かごとかベッドもいるし」


 コナンは引き続き陶器を作る窯の製作に移り、バーンは矢の補充や、籠やベッドなどの製作にとりかかるそうだ。

 バーンは慣れてきたのか口調が砕けてきたが、特に気にするものはいない。


 そんなわけで今日は珍しくスケサンとアシュリンと俺で食料を調達することになったわけだ。


「だがな、矢がないのだ」

「ま、毎日つかうから仕方ないだろっ!」


 矢がないのはいいんだが、なんでアシュリンに怒られなきゃいかんのだ。

 釈然しゃくぜんとしないまま、俺は槍を手にする。


「前みたいにスケサンが追い込んでくれたら槍を投げるよ」

「うむ。だが、まずは川に向かうとしよう。悪いがベルクは枝をいくつか持ってくれ」


 スケサンの言葉に従い薪に使っている枯れ枝を集め、しばし連れだって森を歩く。

 すると、今まで解体した動物などの内臓や生皮を捨てている場所に出た。


 これはエルフの知恵で一種の撒き餌のようだ。

 実際にアシュリンは撒き餌に誘い出されたカラスやアナグマを仕留めたことがある。

 食い散らかされた内臓には大量のうじが湧いており、ひどい臭いを放っていた。

 気持ちが悪い。


「これだけあるなら大丈夫だ」


 アシュリンはウジ虫を腐肉ごとカメの甲羅に集めて喜んでいる。

 まさか食うのだろうか?


 思わず「それ食うのか?」と訊ねると『こいつマジか』みたいな顔をされた……解せぬ。


「うむ、ベルクよ。私も初めて見るのだが、エルフの漁法だそうだ」

「漁法? ああ、魚釣りか」


 俺も詳しくはないが、魚釣りくらいはわかる。

 川に出るとアシュリンが「ここがいい」とスケサンと川原を掘り始めた。


「ここを掘ればいいのか?」

「お、オマエは、あっちのほうでリザードマンがこないか見張っててくれ」


 なんだかアシュリンに追い払われてしまった。

 どうも彼女とは距離感が掴めない。


「ベルクよ、水量が増えると敵対的なリザードマンが上流から来るそうだ。油断するな」


 前足で穴を掘りながら、スケサンが声をかけてくれる。


 まあ、ここで無理やり穴掘りに加わっても変な感じになるだけだろう。

 俺は川縁の石に腰をかけて作業を見学することにした。

 もちろん川も警戒してるぞ。


 アシュリンとスケサンは川の側に穴を掘り、水を引き入れて小さな水溜まりを作っているようだ。

 そして、水溜まりがある程度の大きさになったら木の枝を突き刺しハの字に配置した。

 水溜まりの方をすぼめる形だ。


 それを2つ作り、水溜まりの中にウジ虫を入れる。

 撒き餌だろうか?


 ぼんやり作業を眺めていると、アシュリンが近づいてきた。


「終わった。か、狩に行こう」

「これで終わりなのか?」


 アシュリンはコクリと頷く。


「こ、これは罠なんだ。こうやって少しずつ狭くすると、入った魚は出られなくなるんだ」

「ふーん、こんなのでか」


 アシュリンは「ほ、ほんとだぞっ」と顔を寄せて抗議をしてくるが……なんというか、初めて見る罠の意味が分からず、どう反応していいのかわからない。


「ベルクよ、これは千鳥ちどり掛の柵と同じものだ。こうして互い違いに斜めの柵を置くと、侵入時はさほどでもないが退くときは実に邪魔になるものだ」


 スケサンが地面に図を描いて説明してくれる。

 なるほど、この仕組みは戦でも使われるものらしい。


「もっとも、これが漁になるとは知らなかったがな。こうしておけば入った魚は戻れぬらしい。エルフの知恵は大したものだ」


 スケサンが褒めるとアシュリンは少し照れたような表情を見せた。

 なんか俺とスケサンで態度がえらく違うな。


「あ、あとは魚が入るまで待つだけだから、狩に行くのがいいと思う」

「うむ、私とアシュリンで獲物を追い立て、ベルクに槍で仕留めてもらおう」


 なんだかんだでスケサンは俺にも仕事を与えてくれる。

 無視しようとするアシュリンとは大違いだ。


 そのアシュリンは「矢があれば私が」などと不満を口にしているが、実にウザい。


 そんな俺たちの様子を見ていたスケサンがわざとらしく「はあー」と大きなため息をついた。


「いい加減にせよ。オヌシらがいつまでもそんな態度ではバーンとコナンが不安になるだろう?」


 スケサンは「つがえとまではいわぬがな」とつけ加え、アシュリンがプイッと顔を背けた。


「まあな、スケサンの言うことは分かるが……こうも一方的に嫌われては――」

「な、何が一方的だっ!」


 俺の言葉を遮り、アシュリンが怒鳴る。


「わ、わ、私は殴られて、髪を掴まれて、裸にされたのにっ!」


 この言い種にはカチンときた。


「そりゃ逆恨みだよ。俺は家に入られて弓まで構えられたんだ」

「ち、ち、違うっ! オマエが我らの里に近づいたから悪いんだっ!」


 この言葉を俺は「ふん」鼻で笑う。


「自分の土地だと言い張るのなら――」

「やめよ、見苦しい」


 スケサンが俺たちの間に割って入る。


「なぜ仲良くせよといったそばからケンカをするのだ」

「だってコイツが――」


 なおも言い募るアシュリンにスケサンが「やめよ」と再度たしなめた。


「アシュリン、心得違いをしてはならぬ。許されたとはいえオヌシは負けたのだ。この地から追放されたら生きていけぬぞ」


 スケサンの言葉にアシュリンはポロポロと涙を流す。

 全くもって情緒が不安定なやつだ。


「アシュリン、今日はもう帰れ。食料は俺とスケサンで集める」


 アシュリンは俺の言葉に反応し、キッとこちらを睨む。

 その顔は俺に殴られたアザもほとんど分からないくらいに抜けている。


 殴っといて変な話だが『治ってよかった』と心底感じた。

 そのくらい彼女の顔は美しいのだ。

 顔だけは、だが。


「はあ、オヌシもなぜ妙な意地を張るのだ。男が女を求めるのは自然のことではないか。そんな態度ではアシュリンとて身の振り方がわかるまいよ」

「む、俺が意地を張ってるわけじゃなくてだな」


 俺はチラッとアシュリンに視線を送ると、プイッと顔を背けられた。

 なんかすごいフラレた気分なんだけど。


 なんだかんだ、このあと3人で狩りをし、1本角の鹿(?)みたいなヤツを仕留めることができた。

 角がゴツいので何かに使えそうだ。


 2つ作った水溜まりの罠も片方は空振りしたが、片方にナマズが2匹もはいっていた。


 どや顔のアシュリンにムカついたのは内緒だ。




■■■■



ナマズ


日本ではあまりポピュラーではないが、食用の白身魚である。

寄生虫がいるため、生食は厳禁。

生息域によっては泥吐きさせなくても食べられるようだが、おそらくベルクたちは素焼きにしただけだろう。

独特の臭みがあるのでわりとツラいかもしれない。

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