4話 あこがれのマイホーム

 それから数日。

 川辺に平らな土地を見つけ、簡単な草葺き屋根の小屋を造るのに4日もかかってしまった。


 四角錐型のとんがり屋根に大きな葉っぱや草を乗せただけの構造だ。

 中心部は俺の身長より頭1つ分だけ高くなっている。


 細木で支柱と四隅を決め、枝を横に通した骨組みに葉や草を挟み込んだだけのシンプル構造だ。

 粗末な小屋ではあるが、人生で初めての持ち家である。


 これだけのモノを造るのに4日も時間がかかったのは、やはり食料集めと移動に時間がかかったからだ。


 ちなみに、ここ数日は山猫(豹かも?)の獲物を横取りしたり、カメやヘビを捕まえて食べていた。

 火があればヘビも食べられるらしい。


「ふう、やっとできたかな?」

「いいや、まだだ。小屋の中で煙を焚いて虫を追い出さねばな」


 スケサンの指示に従い、小屋の中に作った窪みに火種を入れ、新しい草を放り込む。

 みるみるうちに煙は充満し、虫を追い出してくれることだろう。


 やはり森の中に虫は多く、俺もウンザリしていた。

 小屋ができれば改善されるはずだ。


「うむ。あとは……小屋の回りを少し掘り下げ、排水溝を作るべきだろうな。このままでは雨で浸水するぞ」

「うへえ、まだあんのかよ」


 舌を出して不満を伝えるとスケサンに「自分の家だぞ」と突っ込まれてしまった。


「鬼人族が戦いしかしないのは、この大変さを知ってるからかもな」

「うーむ、かなり極端な社会構造ではあるが分業は合理的でもある。オヌシも戦士階級ならば、ずいぶん鍛えたのだろう?かなり強い体を持っているようだ」


 鬼人族の社会構造はシンプルだ。

 まず鬼人の戦士――これが市民階級となり、老若男女問わず、最も優れた戦士が王になる。

 戦士の次に子を産んだ鬼人の女性。


 他の者に市民権はなく、鬼人を支えるだけの存在だ。

 子供や戦士ではない鬼人、他の種族の戦士はややましな待遇ではあるが、基本的には鬼人戦士を支えるためだけに生活をする。

 そこにさまざまな生業はあるが、戦士でなければ大差はない。


 もちろん、俺も戦士になるべく鍛えた。

 だが、角なしとバカにされる毎日に嫌気がさしていた。

 毎日への嫌気が鬼人社会への不満になり、成人と同時に古い風習に乗じて飛び出したのだ。


 たしかに鍛えていたが、それは鬼人の若者が行う範囲のこと、自分ではそれほど強いとは思っていない。


 そのことを伝えると、スケサンは「ふむ?」と何か言いたげにした。


「少なくとも、この森の動物たちはオヌシを恐れて避けているぞ。狼も山猫も猪もな」

「うーん? そういえば獲物を横取りした山猫もすぐにあきらめたな」


 言われてみれば、森に来てから俺にちょっかいをかけてくるのはコウモリや虫のような小さな生き物ばかりだ。

 大型肉食獣には襲われていない。


「種族的なものかも知れぬが、オヌシは強い」

「そうかな? まあ弱いって言われるよりは嬉しいよ」


 ぼんやりとした会話をしながら排水溝を掘り進める。

 道具は新しく作った石斧だが、なかなかいい。


 コイツは棍棒の先に握斧を挟み込んでツタで縛っただけのものだが、木を伐るだけでなく、こうして穴を掘ることもできる。


「出た土は水で練り、小屋の補強に使うといい。床に塗って滑らかにしてもいいだろう」

「はあ……それはまあ、明日からだな」


 重労働を続けて腹が減った。

 スケサンが褒めてくれた強い肉体はエネルギー切れのようだ。


「家が出来たのだ。魚や肉を煙でいぶすこともできるだろう。これからは保存食も作れるということだ」

「そいつはいい、作った槍でデカいの狙うか」


 俺は石斧から槍に持ち替え、帯に棍棒を挟む。

 この槍は杖の先に磨いた骨を固定しただけのものだが、十分な鋭さがある。


「くっくっく、今日こそ腕を見せてくれ」

「ふん、鹿や山羊はいたんだ。あとは経験さ」


 実はまだ、俺は狩猟らしい狩猟に成功していない。

 カメやヘビ、カエルは捕まえているものの、棍棒や槍の出番はまだない。


(なんだかんだ、カメが楽なんだよな)


 口ではデカいことを言ったものの、今日も川沿いを歩いて獲物を探すことにした。

 素人が野生動物を捕まえるのはなかなか難しいのだ。


「カメ肉もいいけどな……イモやパンを食べたいな」

「イモくらいなら探せばあるだろう。だが、残念だが私には植物の見分けがつかない」


 言ってみただけの愚痴にも反応してくれるスケサンは優しい。


 下流へ向かい、しばらく歩いていると真っ白な流木のようなモノを見つけた。

 近づいてみると、どうやら動物の白骨だ。


「コレはすごい。動物の骨がそのまま残っているぞ」

「ふむ、牡鹿か……なにかの拍子に溺死したのかも知れないな。他の動物に荒らされていないところを見るに、水に浸かったまま腐敗したのかもしれぬ」


 骨は役に立つ。大きいのをいくつか持ち帰れば便利な道具にできるだろう。


「いや、ちょっと待てよ?」


 骨を見てひらめくものがあった。

 俺は鹿の頭部をどかしてスケサンの頭を近づけてみる。


「む、どうした?」

「はまるかと思って。体があれば便利だろ?」


 俺はスケサンを鹿にグリグリと押しつける。

 すると、スケサンから見えない『なにか』が染み出し、鹿の胴体に絡みつくような気配を感じた。


「む――コイツは……動くぞ?」


 スケサンが俺の手から離れ、立ち上がった。


「――鹿だな」

「うむ、立派な鹿だ」


 スケサンが音もたてずに滑らかに動く。

 実に不気味だ。


「やはり違和感はある。見た目も不安定だろう?」

「いや、大丈夫……かな? 慣れれば大丈夫だ」


 目を細めれば角のない雌鹿に見えなくもない。


 スケサンが「ふむ、たしかに慣れは必要か」などと首をひねっているが……やはり不気味だ。


「腕が無いのは不満だが、素晴らしいな」


 スケサンが珍しくはしゃいで軽やかに駆け回っている。

 長いこと首だけだったのだから無理もない。


「猿や人の骨があればつけかえよう」

「む、その手があったか」


 スケサンは実に嬉しそうだ。

 カツカツとひづめで音を立てて喜びを表現している。


(スケルトンて不思議だな)


 ぼんやりと眺める俺、走り回るよく分からない骨。

 事情を知らない人が見れば怪しい儀式に見えるだろう。


「うむ、体に馴染んできたようだ。これからは私も狩猟を手伝うことができるだろう」

「おいおい、握斧でも咥える気か?」


 スケサンの気持ちはありがたいが、鹿は狩られる側の生き物だ。

 立派な角も頭部をつけかえたことで無くなっているし、爪もない。


「まあ、見ておけ。森に向かうぞ」


 俺はスケサンに続き、川辺からそれて森に向かった。




☆★☆☆




 結論から言うと、山羊が獲れた。


 動物を見つけるや、スケサンが追いたて、開けた場所で待ち伏せする俺が仕留めたのだ。


 何度か失敗したが、呼吸が合ったのか最後はスムーズに山羊を仕留めることができた。

 槍を投げるコツも掴んだようだ。


「ううむ、もう少し工夫が出来そうではあるな」

「いや、今日は十分だよ。ありがとうスケサン」


 スケサンは何度かの失敗が不満らしいが、俺は大満足だ。


 山羊の解体には時間がかかったが、食いきれないほどの肉だ。

 早速、小屋を改築して梁のようなものを追加した。

 ここに肉を吊り下げて煙で燻すのだ。


「毛皮はもったいことをしたが、保存食ができたのは大きいな」


 スケサンが嬉しそうに吊るされた山羊を見守っている。


 剥いだ生皮はなめしかたがわからなかったので、少し離れた場所に内臓と共に放置した。

 スケサンに「ウジ虫が湧いたら食えるぞ」と言われたが、ちょっとそれは遠慮したい。


「少しづつ、生活できるようになったな。この調子で100年、無事に過ごしたいもんだ」


 この森と川には食べ物や資源がある。

 腹が満ちて気が大きくなったのか、家ができて落ち着いたのか……先のことを考える余裕が生まれた。


「明日は排水溝の続きと家の補強か……やることはたくさんあるな」

「ああ、屋根もあるし薪を集めて乾かすのもいいだろう。環境が整えば楽になるはずだ」


 スケサンは嬉しそうだ。

 次から次へと新しいアイデアを出してくる。


 飢えもない、乾きもない、クソの臭いもしない屋根まである暮らし。

 これらはスケサンの助けがあってこそだ。

 俺1人では獲物も捕まえられず、飢えと寒さに震えていただろう。


 そう気づけば、いままで俺のものばかり作っていることに気がついた。

 スケサンにも何か欲しいものがあるかもしれない。


「スケサンは何か欲しいものないのか? 家作りが落ち着いたらスケサンの欲しいものでも作ろう」


 何気ない俺の言葉に、スケサンは「むう」と考え込んでしまった。


「欲しいもの、といわれても思いつかない。今はただ、1つずつ何かができていくのを見るのがたまらなく嬉しいのだ」

「そうか、首だけで転がってたんだもんな」


 だらだらと無駄話をすると眠気が襲ってきた。

 ゴロリと転がると、壁(屋根)と床の隙間から外が見える。


 明日は床と壁の隙間を泥で埋めるとしよう。




■■■■



草葺きの小屋


森にある豊富な木材と葉を組み合わせただけの粗末な小屋。

大きな葉っぱを並べただけの屋根でもあれば大違い。

体温を保つためにも風雨や直射日光から身を守るシェルターはサバイバルには必須といえる。

はじめの洞穴は優良物件だったが、あまりにもウンコが堆積していたために放棄したようだ。

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