2話 しゃべる骨

 荷物がなくなった――これはかなり深刻ではなかろうか。

 なにせ俺の持ち物は手に持つナイフと腰の水筒のみだ。


 しばし呆然としていたが、落ち込んでも仕方がない。

 腹も減ったしそこら辺の動物でも捕まえて食うとしよう。


 幸い、生き物の気配はある。

 腹が満ちればアイデアも浮かぶはずだ。


 …………


 ……甘かった。


 数時間かけて森を歩き回った結果、成果はゼロ。

 鳥やリスは見つけたが、狩人の経験もない俺が素手で捕まえられるほど野生動物は甘くはない。


 しかも雨まで降ってきたので、先ほどのウンコ洞窟(仮称)に戻り雨宿りだ。

 今度はコウモリを刺激しないように入り口の辺りで大人しくしているので大丈夫だろう。


 今は外に設置した水筒に雨水が溜まるのをじっと見つめている。

 とにかく暇だ。


「はあ、腹が減ったな……この苔、食べれるのかな?」


 洞窟の壁面に生えてる苔をむしり「あーん」と口に運ぶ。


「……やめておけ。食えるかも知れないが、コウモリの巣にあるものを口にすると病を得るぞ」


 誰かに話しかけられた気がした。


「お? 誰かいる……わけないよな。耳のせいか?」


 キョロキョロと見渡すが何もない。


「……ここだ。床に転がってるだろうう? 後ろ向きになってるからわかりづらいかも知れないが」


 その声に促され、床を注意深く探す。

 すると、岩の間に何かの骨が挟まっているのを見つけた。


「これかな?」

「そう、それだ」


 それを持ち上げると、なんとしゃれこうべ……頭蓋骨だ。

 思わず「わっ、スケルトン」と驚いて落っことしてしまう。


「あいたっ! そそっかしいヤツだな。割れたら一大事、あまり乱暴をするものではない」

「ああ、悪い悪い。しゃべるスケルトンを見るのは初めてだ。しゃべるやつもいるんだな」


 スケルトンは古戦場などで徘徊する種族だが、あまり知性がなく他者を襲うだけの存在とされている。

 だが、このスケルトンはどうも様子が違うようだ。


(このスケルトン、どうも変だぞ?)


 本来なら踏み砕いて退治すればいいのだろうが、俺はその気になれなかった。

 彼(?)からは害意が感じられないからだ。


 拾いなおし、向き合うとスケルトンの両目には宝石のようなものが眼窩に嵌まり、光を放っていた。


「へえ、なんだかタダ者ではなさそうだな」

「うむ、私は精霊王に仕えたスケルトン軍所属のハイスケルトン・オフィサーだ。名をスケサブロウ・ホネカワという」


 なにやら難しいことをしゃべっているが、どうやらこのスケルトンは名のある軍人らしい。

 鬼人は武勇を尊ぶ種族だ。

 あまり失礼もできないだろう。


「俺はラシードの子、ベルク。この地に居を構えようとやってきた。ホネカワさんはここで何を?」

「うむ、私はここで敵を食い止めるのが任務だった……まあ、負けてしまったわけだが」


 スケルトンはここで少し「ふう」とため息をついた。


「まあ、勝敗は兵家の常だ、それは仕方ないだろう。この洞窟は元々は精霊王の宮殿だったのだよ。王を失い、ただの洞穴になったがね」

「へえ、よく分からないが衛兵だったのか? この地に王国があったとは初耳だ」


 精霊王だの宮殿だの与太話のたぐいだが、俺はとにかく誰かと話がしたかった。

 見知らぬ土地で荷物を失い、食はなく、雨に濡れて心細かったのだ。


「精霊王を知らんのか?」

「ああ、聞いたことないな。どのくらい昔の話なんだ?」


 俺が知らないと口にするとスケルトンは「ううむ」と唸る。よく分からないが悔しがってるような悩んでいるような、そんな雰囲気だ。


「わからん、見当もつかない。私の部下たちや剣や鎧が洞窟内ですっかり風化してしまうほどの時間だ……私は魔石のお陰で保てたのだろう」

「そんなに昔の話なのか、スケルトンって長生きなんだな」


 他愛もない身の上話、だけど話し相手がいるって素晴らしいと思う……それが骨でも。


「して、ベルク殿はこのような場所をなぜ訪れたのだ? この洞穴に人が入った記憶は数度しかないし、それに――くくっ」


 スケルトンは笑いをこらえたような変な声を出す。

 なんだか骨なのに感情はわりと豊かなようだ。


「なんだよ?」

「いや、すまない。2度もこの洞穴を訪れる者はいなかった。単純に嬉しかったのだよ。つい、声をかけてしまうほどにはな」


 この時、俺のなかで『ぼっち仲間』というか、なんというか……仲間意識のようなものが生まれた。

 まあ、俺の場合は周囲と馴染めず逃げただけ、彼(?)とは状況は違うが……


「ホネカワさんは――」

「スケサブロウと呼んでくれ」


 なかなかフレンドリーな骨だが、スケサブロウって音が長くて難しいぞ。


「スケサァブロー、スケサブロゥ――発音が難しいな。スケさんでいいか?」


 俺が「スケサン」と発音すると、スケルトンは「むう」とうなり沈黙した。


「悪い、気を悪くしたか?」

「……いや、それは我々の中でも伝説的な戦士の名前さ。スケサンと呼ばれるのは光栄だ」


 どうやら喜んでいたらしい。

 やっぱり骨だけじゃ表情がわかりづらいな。


 しかし、このスケルトン……もといスケサン。

 長生きをしているようだし、この地で生きていたら森の知識もありそうだ。

 頭だけでも助言者として協力してもらえないだろうか。


「で、スケサン。俺はここで住もうと思ってたんだが……その、恥ずかしい話だが持ってきた荷物も失くしてしまったし、森の知識もないし困っていたんだ。もしよければ――」

「いいぞ。つれていけ」


 俺の言葉に被せぎみにスケサンが答える。


「渡りに舟さ、もうずっと退屈してたんだ。なんでもしよう。連れていってくれ」

「ああ、改めてよろしく頼むよ」


 トントン拍子で仲間ができた。

 頭だけだがこれほど頼もしいことはない。


「助かるよ、全く食べ物は手に入らないし、飲み水も雨を水筒に溜めてる有り様さ」

「ふむ、それは大変だ。だが、もう日も暮れる。明日から始めようじゃないか」


 荷物を失ったが、代わりに頼もしいブレーンを得た。……しゃれこうべだけに。

 こいつはラッキーだ。


 俺は嬉しくなってスケサンと夜通し語り合った。




■■■■



スケサン


どうやらただのスケルトンではなく、ハイスケルトンというらしい。

太古の昔から生きているようだが真偽は不明。

余談だが眼球も喉もないスケルトンだが、一種のテレパシーのような超感覚で周辺を把握し、会話をするらしい。

時代も国も違うベルクと会話できたのはこのためである。

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